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《4話》美少女(+α)たちの昼食


(1)


「たーなかさーん」
 俺はそう叫びながら8組の教室の中へ飛び込んで、軽やかな身のこなしで田中さんに駆け寄った。なんだなんだと不躾な視線を投げてくるクラスメートたちは視界の外に追いやり、俺は田中さんの背後に回り込んで、そのまま後ろから軽く腕を廻して抱きついた。(あくまで“軽く”というのがポイント。激しく抱きついたらさすがにそれはセクハラになる)

「ひゃっ」

 素っ頓狂な声を上げる田中さんの顔をそっとのぞきこむと、真っ赤な顔でまばたきを繰り返していた。
 ああ、なつかしい、この反応。
 中学に入って、個人的に話をするようになったばかりのころは、俺が何を言ってもこんなふうの真っ赤になって驚いて動揺して挙動不審で可愛かった。
 それが中3にもなると、慣れてしまったのか、並大抵のことでは動揺しなくなってしまって、正直ちょっと物足りなくて淋しく感じていたのだ。

「ちょちょちょ、ちょっと何、どうしたの、何しに来たの、てか放して!」

 うろたえまくって、いかにも必死そうで、いっぱいいっぱいな声に俺はぶっと吹き出すと、さっと体を離してパンを持ったまま両手を上に上げた。

「いや、ごめんごめん!田中さんに会いたくなって来ちゃいました!そして、久しぶりだったので嬉しくてつい抱きついちゃいました!」
「つい、で抱きつかないで!だいたい、どっちみち放課後会う約束してたじゃない。それに久しぶりって……昨日電話で話したでしょ」
「いやいや、電話と生身じゃ違うっしょ」
 にこっと微笑むと、田中さんは疲れた顔で肩をすくめた。

「むっちゃん、誰これ」
 突然、横から声がした。
 そっちに目をやると、飛び込んできたその姿に思わず息をのむ。
 すっげえ美女。
 田中さんしか目に入ってなかったから気づかなかったけど、これは10年に一度お目にかかれるかどうかとばかりの超弩級の美人だ。

「むっちゃんの友だち?ずいぶん意外なタイプね」

 むっちゃん?
 美女は田中さんに向かって話しかけてる。てことは、むっちゃん=田中さん?

「むっちゃんって?」
「ああ、わたしのこと。うちのクラス、もう一人田中って子がいて、しかもその子名前が「つばめ」って言うの。2人とも「たなかつ」まで一緒でややこしいから、わたしは月夜だからムーンで“むっちゃん”、つばめはスワローだから“すーちゃん”って呼ばれてるの」
「ああなるほど」
「ねえ、それよりこの子紹介してよ」
 またまた美女が声を上げる。美人だけど、キツそうな性格だ。
 こういう相手には最初が肝心。一度対応を間違うとあとあとやっかいそうだ。

「ああ、この人はわたしの中学の時の同級生で…」
「どうもー。田中さんの元中の神でっす。神ちゃんって呼んでもいいよ」

 俺は田中さんの説明に割り込んで美女にとびきりの笑顔を見せた。
 美女はまじまじと、まるで値踏みでするかのように俺を頭からつま先までじっくりと目を走らせる。そして偉そうにあごを突き上げた。

「美人ね」
 真顔で言われた。
「うん、よく言われる」
 俺は笑顔で返した。
「嫉まれるでしょ」
「それは美人の宿命だから」
「顔で判断されて嫌にならない?」
「こっちはこっちでこの顔を最大限利用してるから、別に」
 美女は、俺の返答にふむと一度大きくうなずくと、にやっと微笑んだ。

「面白いわね、あんた。気に入ったわ」
 おお、どうやら俺の対応は正解だったらしい。
「わたしは高崎ものかよ。呼び方はどうでもいいわ。でも、出来れば名前で呼んで。うちのクラス、高崎も2人いるのよ。従兄なんだけどね」
「じゃ、ものちゃんで」
「……そんな呼ばれ方したのは幼稚園以来よ」
 確かに、まったくもってガラじゃない。
「んじゃ、普通に”ものか”で」
 ものかはふふっと笑うと、俺が手にしているパンに目をやった。
「お昼まだなの?座ったら」
 ものかは自分の向かいを指さした。

「いいよね、むっちゃん、リリイ」

 突如あらわれた新たな名前。
 ものかが視線を向けている田中さんの向かいに目をやると、もう一人女の子が座っていた。
 あまりの影の薄さに思わず「おっ」と身をひいた。
「いいですよ、どうぞ」
 その子はちらりと俺を見るとさっと手で座るよううながした。

「……おじゃましまーす」

 近くのあいている椅子を引き寄せて腰を落としながら、その子を観察する。
 よくよく見るとこの子もすごい美少女だ。
 ものかのように圧倒されるような暴力的なまでの美しさとは違うけれど、儚げで楚々とした雰囲気のおっとり美人。
 ただ、ものかがあまりに強烈すぎて、その美しさが完全に凌駕されてしまっている。
 もったいない。一人でいればもっと個性が引き立つし、見劣りする引き立て役と一緒にいれば存在感も増すのに。

「この子は関口リリイ」
「え、リリイって本名?」

 てっきりあだ名かと思った。リリイは俺の方を見ようともしないで、ぼそっと呟いた。

「本名です。……というか、本名ということにしています」

 なんだか、妙にひっかかる言い方だ。何か訳ありっぽいな。
 名前で苦労する人間っては結構いるものだ。
 例えば美砂。あいつの名字は「那須」。続けて読むと「なすみすな」。上から読んでも下から読んでも「なすみすな」。美砂はこれが嫌で、自己紹介の時は、基本的に下の名前しか名乗らない。この子も、何か名前にコンプレックスがあるのかもしれない。深く突っ込まないことにした。



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