(4)
俺が一歩歩くだけで、まわりをゆく生徒達が物珍しそうに振り返っていく。
俺と田中さんの丁度中間あたりを歩いていた男子など、周りの気配に一回こちらを振り返り、俺の顔を見ると大げさに目を見開くとなんだか挙動不審な様子で視線を彷徨わせた。かと思うとすごい勢いで体ごと視線を逸らして、しばらくするとおそるおそるといった様子でもう一度俺を振り返り、目が合うと真っ赤になってまた体をもとに戻した。
俺を珍獣か何かだとでも思っているのだろうか?失礼なヤツだ。
田中さんはそんな周囲の様子には一切目もくれず、となりを歩く女の子との談笑を続けながらまっすぐ自分の教室の中に入っていった。
俺は歩調を落とすことなく、田中さんのクラスに向かって足を進めた。
そして、あと数歩で8組の前、というところまで来て、俺は足をとめた。
さて、どうしようか。
ここまで来て、急に頭が冷えた。
どっちみち、放課後会う約束をしてるというのに、俺は一体何を焦っているのだろう?
あと数時間が待てないのだろうか?
自分の行動の意味の分からなさに思わず苦笑がもれる。
ちょっとだけのぞいてみて教室に戻ろう。
俺はそう考え直して8組の入り口の前に進もうとした。
ところが、入り口の前には、さっき俺のことを珍獣のような目で見たヤツが後ろを向いたまま突っ立っていて、中をうかがうことができなかった。
165cmまで伸びた俺よりも10cmほど大きいだろうか。ひょろりとした背中が進入を拒むように立ちふさがる。
一体コイツは何をしているんだ?
中に入りたいなら入ればいいのに。
声をかけるでもない、ただ棒立ちになっているだけで微動だにしない。
苛立った俺はそっと声をかけようとした。
「おい、」
「あ、あの!」
うおっと!びっくりした!
俺が声をかけると同時に、ヒョロ長は勢いよく振り向いた。
至近距離で見おろしてくるその顔はニホンザルのように真っ赤だった。
なんなんだ?コイツ?
「あ、あの、あの……いつも購買でパンを買ってる人ですよね!」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
まじまじと見つめると、そいつの顔はますます真っ赤に染まっていく。
購買でパン――確かに毎日買ってるけど……。
こいつも購買部組なのだろうか。まったく覚えていない。
なんだろう。別に不細工じゃない。というか、どちらかと言えばかなり整った顔の作りをしている。それなのに、全体的にぼんやりしていてまったく印象に残らない顔だ。そう、言うならば「イケメンの平均値」。全国津々浦々のイケメンを集めて平均をとったら、どれだけ格好いい男ができるかと思いきや、無個性でまったく特徴のない顔になりました、って感じだ。これで自信でもつけばちょっとは違うんだろうけど、損してるなぁ、コイツ。
無言で観察していると、平均男は居心地が悪そうに服の襟なんかを気にしながら、おずおずと口を開いた。
「えっと、うちのクラスに何か用ですか?」
あぁ、こいつ、8組なのか。
どうしたものかな。なんだか面倒くさそうなヤツだ。
「誰かに用ですか?僕、呼んできてあげますよ?」
て言うか、今気づいたけど、声がでけえんだよ!
平均男の体越しに8組のヤツらが「何事だ?」とこちらを気にしだしている。
「や、別に……」
そそくさと立ち去ろうと視線を動かした瞬間、平均男の体の脇からこちらをうかがっている一人の女の子と目があった。
「……あれ?」
その子――田中さんの口がそう動いた。
……バレたし。
みつかっちまったじゃねえか!
俺は平均男を見上げると一瞬キっと睨み上げた。
すると、何故か恥ずかしそうに微笑まれた。きめえ。
俺は頭をごしごしとかくと、腹をくくることにした。
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