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そんな、なりゆきというよりむしろノリで金髪にしてみたはいいけど、金髪なら金髪なりの服装がある。
二高は進学校だけど、私服高ということで自由な校風が売りだと聞いていた。
実際、高校近辺で見かけた二高生は茶髪に化粧は普通だった。
だからまあいいだろうと、なんとなく調子に乗ってこんな格好になったわけだけど……。
正直、ここまで浮くとは思ってなかった。
いくら自由とはいえ、ここまで自由すぎる人間は、さすがに俺くらいってか?
俺は鏡から目をそらすと、1階にある購買へ向かうために階段を降りることにした。
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うちの高校は10年ほど前に建て直したばかりで校舎はかなり新しく、前衛的だ。
なんでも卒業生にそれなりに名の売れた建築家がいるらしく、そいつにデザインしてもらったらしいのだけど、おしゃれと不便は紙一重、いや表裏一体だということに、この校舎で生活してみてはじめて実感した。
うちの校舎は空から見るとギリシア数字の「U」の形をしている。中央の空洞部分は吹き抜けのアトリウムで各階四方から眺めることが出来る(※見取り図参照【別窓】)。
開放的で居心地がいいのは確かだけど、上下対称のこのアトリウムのせいで、入学したてのころは、自分が今、校舎のどの部分にいるのか分からなくなって何度も迷子になりかけた。方向感覚はいい方だと思っていた俺ですら迷うのだから、方向音痴のヤツにとっちゃ死活問題だったろう。実際、1学期の間は移動教室に遅刻してくるやつの8割の言い訳は「迷いました」だった。
俺はアトリウムを抜け、そのまままっすぐ玄関脇の購買部へ足を向ける。
そこはちょっとした人だかりになっている。毎日見る光景だ。
俺は最後列に並ぶと大人しく順番を待つ。
いまだに校内を歩いているとチラチラと興味深そうな視線を感じることが多いけど、ここでは他と比べて視線は少ない。
みんな今買おうとしている昼食に夢中だということもあるけれど、ここにいる人間の半数は常連さんで、俺の姿など見慣れているからだろう。
俺は順番が来ると、いつものようにカレーパンとメロンパンをつかむと代金を売り子のおばちゃんに差しだした。おばちゃんは必要以上に愛想の良く、「いつもありがとうねえ」と言ってにっこり微笑む。俺もわずかに微笑むとその場を後にした。
*
階段を上りきって、教室へ戻ろうとしたその時、目の片隅にちらりと一人の女の子の姿が通り過ぎた。条件反射で振り返ると、思った通り、トイレから出てきた田中さんが手をハンカチでぬぐいながら隣にいる見知らぬ女の子に笑いかけていた。
相変わらず、小さくて華奢だな。
笑顔も初めて田中さんを見たときと、まったく変わらない。
田中さんの笑顔は、とにかく自然なのだ。
媚びとか、計算とか、誰しも年を重ねれば当然処世術としてある程度は行使するそういったものを一切感じさせない。
中学時代はあの美砂のお守りをしていたせいでどちらかというと笑顔よりもあきれ顔の印象の方が濃かったけど、こうして美砂と切り離して「田中月夜」という個人を改めて観察してみると、すごく人好きのする子なんだなというのがよく分かる。
あの頃の田中さんは、とにかく破天荒で目立ちまくる美砂の影に隠れて地味で目立たなかった。よっぽど注意深く見ていたヤツでなければ、田中さんのあのささやかな笑顔の魅力には気づかなかっただろう。
そして、仮に気づいたとしても、田中さんに本気でちょっかいをかけるようなヤツもいなかった。田中さんに関われば、もれなくうざくて面倒くさい美砂もセットで付いてくるのが目に見えていたから。
美砂は田中さんにとって最大の防御壁だったわけだ。
おまけに、美砂も言っていた通り、田中さんは高校に入って確実にあか抜けた。
数ヶ月前まで肩に掛かるくらいまで伸ばしていたストレートの黒髪は襟足にかからない程度の長さの軽やかなショートボブに、やぼったかった銀縁眼鏡はおしゃれなプラスチックフレームの細身のレンズに。
中学の頃も、あれはあれで可愛かったけど、今の方が数段一般受けがいいだろう。
今の田中さんは、地味でも大人しくもなければ、面倒くさい外野がくっついてくる訳でもない、普通に可愛い女の子なんだ。
美砂が心配するのも無理がないかもしれない。
田中さんは、俺に気づかず、友だちと談笑しながら教室へ向かって廊下を歩き出してしまった。俺は田中さんの後ろ姿をただぼうっと眺めながらバカみたいに突っ立っていた。そんな俺を横目でちらちらと盗み見しながら何人かが通り過ぎていく。
どうあがいたって変わってしまうものはある。
俺だって随分変わった。
特に深い理由があった訳ではないけど、なんとなくなりゆきでクラスから浮いてしまった。そして、なじもうという努力すらしていない。
今の俺を知ったら、美砂は笑うだろうか、陽介は呆れるだろうか、田中さんは……心配するだろうか?
俺だって本質は大して変わっちゃいない。
でも周囲の見る目が変われば、どうしたって立ち位置は変わらざるをえない。
田中さんも、きっと本質は変わっていない。
でも、見た目や環境の変化は、間違いなく周囲の目を変える。
その変化に田中さん自身が気づいたら――。
昨日の電話での会話。その後感じたわずかな違和感。
それがふいに甦る。
――神!あんた、つくよんの害虫駆除してよ。
気になる。
田中さんの周囲に、もうすでに“害虫”がいるのかどうか。
俺はゆっくりと足を踏み出した。
小柄な田中さんの数十歩後ろを追いかけて、自分の教室とは逆方向に向かって。
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