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(2)


あれは今から半年前。
合格発表の日、家を出ようとしていたら、親父に声をかけられた。

「美容院を予約しておいた。帰ったらすぐ坊主にしてもらえ」 

落ちたら坊主。
親父は早々逃げ道をふさいだのだ。
苦々しい気持ちでいっぱいだった。
絶望と諦め。
もうどうでもいいや、という投げやりな気持ちでしかなかった。

うちの中学から二高を受けたのは俺の他には田中さんしかいなかった。
二高のレベルが高いからというのももちろんあるけど、何より場所が遠かった。
バスと地下鉄を乗り継いで片道1時間半。
田中さんは4月に一家で二高近くに引っ越すから別として、そういう理由でもないかぎり、うちの中学からわざわざ二高を受験するヤツはいない。

俺は重い気持ちでバスと地下鉄を乗り継いで会場までやってきた。
どうせ落ちてるんだ。別に見なくても一緒じゃないか。
そんな考えが頭に浮かんで情けなくなる。
人混みから一歩離れたところから、俺は動けずにいた。
 
発表の時間になったのだろう。
立て看板が置かれた瞬間、地響きのような歓声が上がる。
泣き声も上がる。笑い声も上がる。
その一方で、肩を落として、無表情のまま立ち去るヤツもいる。
ああ……俺はあっちだな。
まあ、いいや。
私立は受かっている。陽介と同じ北条院高校。またアイツと3年間過ごすのも悪くない。

帰ろうと後ろを振りかえろうとした瞬間、知ってる顔が目に入った。田中さんだ。
小さな体を左右に揺らして前に進もうとしているのだけど、前のヤツらが動こうとしないので、その場から動けずにいるらしい。
遠慮がちな性格が災いして、まわりに声をかけることができないのだろう。
今日は、田中さんには会いたくないと思っていた。みじめな姿をさらしたくないなーって。
でも、よく考えたら、俺は今日帰ったら坊主にしなくちゃいけないわけで、次に会うときには格好悪いまるこめ状態かもしれない……。
俺はゆっくり近寄って肩を叩いた。びくっと肩を震わせて振り向いた田中さんは、俺の顔を見た瞬間ほっとした表情を見せた。

「神くん。おはよう。もう結果見た?」
「いや」
「すごい人だよね。わたし背低いし目も悪いからここからじゃ見えなくて……」
田中さんはそう言って一生懸命つま先立ちしてみせる。
「俺、前行って見てきてあげようか?」
「え、いいの?」
申し訳なさそうな顔の裏にわずかに嬉しそうな表情がよぎった。
「おう!たしか俺と連番だったよな。行ってくるわ」

俺は握り拳を見せながら人をかき分けて前を進んだ。
さっきまで帰ろうとしていたのに、頼られると変に張り切ってしまう。
一番前に辿り着くと、俺は張り出された紙の真ん中あたりに眼を走らせた。
俺が146番だから、田中さんは145番。
えーと、140,142,144,145。
おぉ!あった!さすが田中さん。いや、当然か。
嬉しい反面淋しい気持ちでその「145」の数字を見つめた。

……ん。
今、何かありえないものが目に入った気がする。
145,146、148……。
146。
………あった。
嘘だ!あった!受かった!
頭が真っ白になった。
夢?それとも幻影?
後ろから来たヤツに押されて前につんのめって、俺は現実に引き戻された。
慌てて脇へよけ、押し出されるように人混みから抜け出した。

「どうだった?」
顔を上げると、田中さんが不安そうな顔で立っていた。
「……あった」
「え?」
「受かってた。俺も、田中さんも」
「ほんとに!?」
「……ほんとに」
「やった!」

そのあと、どうやって田中さんと別れたのかあまり記憶がない。
ただもう、ふわふわと宙を浮いたような気持ちで、家まで走って帰りたいくらい気分が高揚していた。
親に連絡するより先に、そのまま美容院に飛び込んだ。
そして、顔なじみの美容師に、気づいたら「金髪にして下さい」と宣言していた。


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