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《3話》高校デビューの行方


(1)


結局、その後詳しい話はほとんど聞けなかった。
時間が時間だったから(後ろから「つくよ!いい加減にしなさい!ご飯冷めるでしょ!」という美声が聞こえた。美人のお母上は、声まで美しかった)、月曜の放課後、田中さんのクラス、8組に俺が出向くことなった。



次の日、淡々と授業をこなしているうちに、ふとわずかな違和感に気づいた。 
昨日はいろんなことがありすぎて――まず田中さんから電話がかかってくること自体が奇跡みたいなもので、その上お願いまでされて――そのことに気を取られていて、気づかなかった。田中さんが俺にしたお願いが、かなり奇妙であることに。

『応援団ってのは部活じゃなくて、6月の運動会のために有志で結成されるの。10年くらい前に廃止されて今はないんだけど、うちのクラスの男子が復活させようと動いててね。でも、メンバーが足りなくて……。それで、神くんならやってくれるんじゃないかなと思って声をかけてみたんだけど』

田中さんが俺に頼ってきたことが意外で、嬉しくて、気恥ずかしくて、疑問に思う間がなかった。
でも、冷静になって考えてみると、おかしいのだ。
そう、あまりに田中さんらしくない。

詳しくはまだ分からないけど、応援団、というからには男所帯の体育会系であることは間違いない。
プチ男性恐怖症を克服したからと言って、いきなり何の関係もないクラスの男子のために田中さんがしゃしゃり出るなんてことがあるんだろうか。わざわざ嫌いな電話を、番号も知らない中学時代の知り合いにすぎない俺にかけてまで。

まあ、そんなもんかもしれないけど。
人間なんて、特に俺らみたいにお年頃の高校生なんて、一ヶ月かそこら会ってないだけで別人みたいに変貌していることだってままあることだし。
でも、なんとなく田中さんにだけは変わってほしくない、なんて思ってしまう。そんなのは俺の勝手なわがままにすぎないんだろうけど。



4時間目終了のチャイムと同時に俺は席をたった。一人暮らしは気楽でいいけど、昼飯が毎日購買ってのが玉に瑕だ。
教室を出ようとしたところで、入ってこようとしていた他クラスの女子とぶつかりそうになった。背の小さいその子は、「きゃ」と可愛らしい声をあげて、むっとした表情で俺を見上げた。そして表情がぎょっとしたものに変わる。
この半年で、こんな反応には耐性が出来てしまった。
俺は小さく「悪い」と言うと、そのまま教室を出て行った。

俺は、この学校でかなり浮いている。
俺を初めて見た人間は、みんな決まってぎょっとした顔をして、わずかに目をそらす。そして、こっそりもう一度確かめるように俺を見る。二度見した人間がする表情は一様ではない。眉をひそめるヤツもいれば、うっとりと見とれるような表情をするヤツもいる。バカにしたように嘲笑うヤツもいれば、勇者を称えるように感心した顔をするヤツもいる。

俺は階段付近にある手洗い場の鏡に映った自分の姿に苦笑する。
真っキンキンにそめた肩まである髪。
派手な色の長袖インナーにTシャツを重ね着して、手には指なしの手袋。ダメージジーンズに銀のチェーンをつけて、首には綿生地のストールをゆるく巻いて、銀のアクセをさげているパンクもどきファッション。

俺が並はずれた美貌の持ち主じゃなかったら(自分で言うなって?事実なのだから仕方がない)、完全にナルシストで痛すぎる勘違い野郎だろう。
今ここが街中の日曜日だったのなら、「派手なヤツがいるなー」くらいにしか思われないのだろうけど、平日の公立高校の校舎で見かけるには奇抜すぎるらしい。
俺のこの妙な高校デビューは、なにも周到な計画のもとに行われたわけではない。
むしろ、なりゆきまかせ以外の何者でもなかったりする。


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