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(3)



『そんなに落ち込まなくても』
「他人事みたいに言うなよ。お前のせいだぞ。お前がバカなことしてなきゃ、いや、バカなことをしたことを昨日俺に聞かせてなけりゃ、お前の悪戯だと思い込んだりしなかったんだからな!」
『自分が勝手に勘違いしたのにあたしのせいにされてもー』
まったく反省した様子が感じられない声に、俺はがばっと身を起こすと悲痛な声を上げた。

「ふざけんな!どうしてくれんだよ、俺の好感度!」
『大丈夫だって。神の好感度なんて、もともとつくよんの中じゃこれ以上落ちれないくらい低いだろうから』
俺の叫びに、非情にも、無情にも、聞き捨てならない言葉を返してきやがった。
「どういうことだよ」
『ん?いや、だって、つくよんは神のこと、「来るモノ拒まず去る前に捨てる 付き合ったら最後骨まで喰われる 女ったらしのエロ魔神」だと思ってるはずだから』
「んな!」

あまりのことに発した声は言葉にならなかった。

『だーいじょうぶ。つくよんは寛容だから、それでも神のこと嫌ってはいないよ。てかあの子が誰かのこと“嫌い”って言ってるのは、一人しか聞いたことないからね。今思えば、あれは“嫌い嫌いも好きのうち”を地で行ってただけで』
「んなことはどうでもいいんだよ!なんだよその不名誉な印象は!どっから出てきた!
いや、聞かなくても分かる、どうせお前だ!犯人はお前だ!お前、田中さんに何吹き込んだんだよ!」
『何って、神の女関係をいろいろ』
「いろいろってなんだ!具体的には!?」
『心配しなくても、別に嘘も誇張もしてないよ?あ、いや多少脚色はしたかもだけど……
「聞こえたぞ!最後の小声!いいから言え!」
『うーんと、たとえば……彼氏のいる子に遊びで声かけたら相手が本気になっちゃって奪ったはいいけど1ヶ月で飽きて捨てたとか、3人の子に同時に告られて「お試し期間」とか言いながら三股かけて、結局その三人は全員振って別の美少女と付き合ったとか、なのにその美少女ともくっだらない痴話げんかがこじれて1週間で別れたとか。その他もろもろ。神の方が明らかに一方的に悪いだろうというエピソードだけを厳選ピックアップして聞かせただけだよ』

「バカやろーーーーーーーーーーーーー!」

ありえねえ!マジでありえねえ!
前々から田中さんが微妙に冷めた目線を送ってくることがあるなあとは思っていたけど、そう言うことかよ。美砂が下らないことを吹き込んでるせいだと予想はしていたけど、予想以上にひどすぎる。

「ふざけんな!なんだその悪意のある表現の仕方は!お前、俺になんの恨みがあるんだよ!」
『嘘ではないじゃん』
「真実でもないだろ!
確かに彼氏がいた子と付き合ったことはあるけど、別に奪うつもりはなかったし、第一あれは元カレの方にちょっと問題があったんだ!もう一つの方も、俺は三股かけた覚えはねえぞ!三人同時に告られたのは本当だけど、はっきり返事をしなっただけで、最初からその三人とは付き合う気はなかったんだよ!」
『知ってるけどぉ〜、でもそれじゃ面白くないじゃん』
「面白いで勝手に人の好感度下げてんじゃねえよ!」
『いや、でもさ、自業自得じゃん。実際、来るモノ拒まずで、こっぴどく振りまくったり、
てっきとーな付き合いばっかしてたんだから』
俺は一瞬、うっと詰まった。
「……たしかに、完全否定は出来ないけど、でも、全部が全部、俺が振ったわけじゃねえし。振られたこともあるし、話し合いの結果穏便に別れたケースだってあるわけで」
『まあまあ、嘆いたところで、つくよんの評価は変わんないよ?いいじゃん、別に。
“女の敵”に“理不尽な暴言野郎”て印象が加わるだけだって。問題ないない』
「大ありだバカ!むしろ問題だらけだ!」
『何よー。神って、つくよんの前だと微妙に猫被るよねー。なんで〜?』
「なんで…って」
こいつは、時々無意識に、妙に核心をついてくる。
『だって、あたしにはどう思われようと全然気にしないじゃん』
「それは……田中さんに猫被ってんじゃなくて、お前がどうでもいいんだよ!俺の中でお前の評価は最低点なんだよ。最低点のヤツにどう思われようが気にするかバカ」
『ふーん。なんだ。つくよんのこと好きなのかと思った』
「ねえよ」
『だよね〜。つくよんは可愛いけど、神の好みじゃないもんね』

「……はあ、なんか疲れたわ、俺」
俺はチェストの上の置き時計に目をやった。
「なんだ、もう8時かよ。俺夕飯まだなんだけど」
『え、もうそんな時間?あ、ホントだ!そうだねえ、そろそろ切った方がいいかも。多分つくよん、神が電話終わるの待ってるはずだから』

またしても投下された爆弾発言に俺の時は3秒ほど止まった。

「は?」
『いやあ、実は、さっきつくよんからお叱りの電話がきたじゃない?つくよん、さんざんあたしをネチネチくどくどなじった後、「次、同じことしたら縁切るから。携帯も着信拒否だから」とか言われちゃってさ、もうまいったまいった』
「そんな話はどうでもいい。勝手に縁切られとけ。なんだよ、田中さんが待ってるって」
『え?ああ、そうそう。切り際に、この後、神に折り返し電話するって言ってたから、通話切った後、あたし即行で神にコールしたの。つくよんの場合、リダイアルすればすぐなのに、あの子携帯使い慣れてないから、あたしの方が一歩はやかっ』 

とりあえず、皆まで聞かずに通話を切った。
バカの言葉を聞いているその0.1秒すら無駄である。
そのまますぐに田中さんに電話した。

1コールでつながったその声は、遠慮がちで不安げで、どこをどう聞いても、田中さんの声そのもので、いくら美砂でもここまで似せることは出来るわけないくらい紛うことなく田中さんで、なんで勘違いなんかしたのか、数時間前の自分を心の中で罵倒しながら、ひたすら一途に謝罪した。



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