《2話》「田中田中」詐欺
(1)
次の日、マンションから徒歩1分のコンビニで今晩の夕飯を調達し、「あ、ヤベ、明日英語あたるんだった」などと考え事をしながら歩いていると、ポケットで携帯が音を奏でた。
取り出して名前を確認した瞬間、俺は一瞬頭が真っ白になり、思わず立ち止まった。
『田中 月夜』
登録したはいいけど、自分からかける理由もなく、宝の持ち腐れになるのだろうな、と思っていた番号。
なんで……?
ぶわっと脇の下から汗がにじみ出てきた。
とりあえず、出なければ!
慌てて、通話ボタンを押しかけた瞬間、ふと昨日の会話が頭に浮かんだ。
『つくよんの携帯から、こっそりつくよんになりすましてメールを送ります』
あのバカ!
そうだ、美砂の悪戯だ!
ていうか、それ以外に考えられない。
なぜなら、田中さんは俺の携帯番号を知らないのだから。
やべえやべえ。田中さんだと思い込んで、いさんで電話をとっていたら、危うくアイツに笑われるところだった。
今日は日曜。時刻は5時。
さては2人で遊んで、田中さんが目を離した隙にでも勝手に携帯をいじっているんだな。
昨日、俺にさんざんバカにされたのに、同じ手を使うとは、哀れみさえ感じるほどのアホさ加減だ。
呆れて携帯を見つめていると、音が止まった。
やれやれ、諦めたか。
俺は携帯をポケットにしまうと、マンションに向かって歩き出した。
*
えっと……、こいつはどんだけアホなんだ。
部屋について買ってきた総菜を冷蔵庫に閉まっていると再び携帯が鳴りだしたのだ。
きっと騙せると信じているんだろう。こいつは筋金入りのバカなのだ……仕方ない。
俺は通話ボタンを押した。
「なんだよ」
ぶっきらぼうな俺の言葉に、一瞬電話の向こうで息をのむ音が聞こえた。
もしかしてただの嫌がらせのつもりで、俺が出るとは思っていなかったのかもしれない。
「おい」
『えっと……神、くん?』
問いつめるように出した俺の声にかぶるように、戸惑い気味な声が聞こえてきた。
いつもより、半オクターブ高い声。
もしかして、田中さんの真似か?ちょっと似てるのがムカツク。
「俺の番号にかけたんなら、そうなんじゃないの」
『あ、そうだよね、ごめん、えと、わたし田中です』
まだ言うか!バレてんだよ、バカ!
「どちらの田中さーん?」
俺が意地悪でそう言うと、慌てて
『あ、ごめん。田中月夜。8組の』などと演技を続ける。
伊達に3年間、四六時中一緒にいたわけではないらしい。しゃべり方だけでなく、間の取り方まで似てやがる。
『あの、今、時間、大丈夫?』
「大丈夫だけど〜」
『えっとね、ちょっと聞きたいことがあって。神くん確か今、部活やってなかったよね』
いつまでも、演技を続ける相手に、俺はブチ切れた。
「いい加減にしろ!何の用だか知らないけど、その下手くそな物真似今すぐやめろ!」
『え、下手な物真似?』
不満そうな声。
「なんだよ、下手ってのが気にくわないのか。じゃあ、訂正してやるよ。
上手いよ、そっくりだよ。でも不愉快だ」
『え、や……不愉快って、わたし何か気に障ることでも言った?』
「よくもヌケヌケと……。いいから、その田中さんの真似、今すぐやめろ!」
怒鳴りつけると、ようやく観念したのか、電話口が急に静かになった。
「俺を騙せると思ったお前がバカだったな」
『…ごめん、言ってる意味が分からない。別に騙してないし、真似も何も本人なんだけど』
諦めが悪い。と言うか、往生際が悪い。最後まで押し通すつもりか?
「だから、もういいって言ってんだよ。バレてるから、マジ死ねよ」
『ねえ、ちょっと聞いて。本当に意味が分からないの。もしかして誰かと勘違いしてる?』
「誰かって……、お前、美砂だろ!」
俺の叫びに、『は?』という苛立った声が聞こえた。
『なんで美砂?』
「なんでじゃねえよ。お前、こんなことばっかやってるといつか田中さんにバレて怒られるぞ。昨日言ってた陽介へのイタメールもそうだけど、俺に勝手に田中さんの携帯アドレス横流ししたことだって、田中さん知らないんだろ。俺は別に、そのアドレスを悪用する気はねえけど、田中さんが知ったら、いい気はしないぞ、絶対」
諭すように呼びかける俺の言葉を、美砂は黙って聞いていたかと思うと、聞こえるか聞こえないかというくらい小さい声で呟いた。
『……あの、バカ』
「へ?」
『ごめん、神くん、ちょっと一旦切る。後でかけ直すから、電源切らないでね』
慌てた声でそう告げると、プツっと音がして通話が切れた。
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