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(3)



「……は?」

「だから、実行したの、一昨日。木曜。たまたまつくよんに会いに行く用事があったから、隙を狙ってつくよんの携帯いじって送ったの」
「……お、ま、え……」
あまりのことに言葉にならない俺を置いてきぼりにして、美砂の声は熱を帯びてくる。

「でさー、あたし次の日、超わくわくしながら学校行ったの。原田のヤツ、にやけてんじゃないのーとか思って。それなのにさー、あいつ、いつもはあたしの顔見ても完全無視なのに、昨日に限って、こう怖い顔してつかつかとよってきてね、
『頭悪いことしてんじゃねえ!』って。
何?って思ってにらみ返してやったら、
『次、また下らないメール送ってきたら、女だからって容赦しないからな』
とか言っちゃってさあ。何あの台詞。バカみたい。どこの三流アニメの悪役よ」

「バカはお前だーーーー!」

俺は勢いあまって手元にあったナプキンをまるめて投げつけた。

「完全にバレってんじゃねえか!てか、普通バレるわ!」
「えーー、なんで。文面だって頑張ってつくよんに似せたんだよ。『卒業してもう半年だね。元気?久しぶりに会いたいです。月夜』って」
「ありえねぇーー!それでバレないと思ったお前がありえねえ」

俺は思わず頭を抱え込んだ。

「なんでよ、用件のみでそっけないとこなんて、すっごいつくよんっぽいじゃん」
「そういう問題じゃねえよ。内容がありえねえ。メール嫌いの田中さんがメールで『会いたい』とか言うわけない。もし本気で会いたかったら、陽介と同じ学校に通ってるお前に仲介を頼むなりなんなりするだろ。間違っても、メールで直接連絡とろうとか絶対しない」

つい言葉に力が入ってしまった。
美砂は少し意外そうに、でも興味深そうに俺を見た。

「へえ……、よく分かってんじゃん、つくよんのこと。ちょっと意外」
「……てか、普段『大親友』とか言ってるお前がなんでそんな簡単なことが分かんないんだよ」
心底呆れてそう言うと、美砂は眉間にしわを寄せてむくれてみせた。
「じゃあさ、神もちょっとは協力してよ」
「協力?」
「そうだよ。折角、つくよんと同じ高校なんだからさー。てか神がつくよんと同じ二高とかいまだに信じらんないんだけどねー」
「うるせぇ」
俺だって信じらんねえよ。

俺と田中さんが通っている、札幌二高校(通称二高)は、市内有数の進学校の一つだ。中学での成績が3年間常に30番以内に入っていなければ、まあ、まず、受験することすらおこがましいと言われる高校である。
田中さんは、学年30番どころか、10番より下に落ちたことのない優等生だった。
一方俺は、もともと要領だけはよかったおかげで、50番あたりをキープはしていたけど、二高は無理だろうと親にも担任にも言われた。
それでも、俺はどうしても、二高に行きたかった。担任には見捨てられ、親とは半分ケンカのようになり、落ちたら丸坊主、受かったら二高の近くでの一人暮らしを許可する、という賭けをした。
結果は、美砂がさっき言った通りだ。
見事合格。俺は今年の4月から二高生、そして気ままな一人暮らしをしている。
合格発表までは、「完全に早まった!明日から坊主だ!」と思っていたのに。
いやはや、人間、諦めなければ奇跡は起こるものだ。
ちなみに、美砂と陽介は同じ私立高校に通っている。陽介はサッカーで推薦入学だ。



「神だってさ、別に反対ではないんでしょ?つくよんと原田のこと」
考え事をしていたせいで、反応が遅れた。
「……反対?」
そのちょっとした間が気になったのか、美砂は突然般若のような形相で俺に迫ってきた。
「なに、神、反対なの!?」
「え、いや、別に」
「なんでよ、何が不満なのよ!つくよんのどこに不満があるっての!言ってみなさいよ!」
「ちょ、まて、俺は別に」
「分かった!胸か!胸でしょ!胸がないからでしょ!」
「はあ?」
突然、何言い出してんだこいつ。

「そりゃ確かにつくよんの胸は同性のあたしから見てもかなり残念だけど、それがなんだってのよ!つくよんはねえ、胸なんかなくったって、肌は白いし、背はちっちゃくて、華奢だし、ウエストなんてこんなんだよこんなん!」
美砂は「いや、どう考えてもそこまで細くはないだろ。人間じゃねえよ」という太さを両手で表現した。
「それに、つくよんは普段ミニスカとかはかないからみんな知らないだろうけど、足すっごい綺麗なんだよ!顔だって派手さはないけど素朴で可愛いじゃない!最近はメガネもおしゃれなのに変えたし、髪型もあか抜けて、今が旬だよ!超お買い得だよ!それより何よりつくよんの魅力は中身!性格でしょ!それを、ただ胸がないというたった一つの欠点でもってすべてを否定するというの!許さない!あたしはそんなバカエロ男のエゴを許さない!」
「分かった!分かったから黙れ!」
俺は周囲を気にしながら、興奮して立ち上がりかけている美砂の肩に手を伸ばした。
「誰も不満があるなんて言ってねえだろ!」
「あ、なんだそうなの」
美砂は途端にテンションを下げると持ち上がりかけていた腰をもとに戻した。

「お前……ほんとキモイ。どんだけ好きなんだよ田中さんのこと。むしろウザいわ」
「なにお〜。いいじゃん、当たり前っしょ、友だちなんだから!神だって同じでしょ」
「……はあ?なんで俺が!」
俺は目を見開いて、苦笑した。
「好きじゃないの?」
「……いや、別に俺は」
「原田のこと」
「………陽介?」
「そう、原田。友だちなんでしょ。誰のことだと思ったの?はっ!もしや、つくよん?
ダメだよつくよんは!あんたみたいなタラシにはつくよんは任せられない!」
「ちげえよ!てか……今のは変な言い方したお前が悪いんだろ!」
「ほんとに〜?」
「……ほんとだよ」
「……ま、ならいいんだけど」

美砂はすぐに興味をなくすと、「あ〜、ポテトが散らばっちゃった」と、さっきの剣幕のせいで飛び散ったポテトを掻き集めはじめた。
「そんなことより、あたしは心配なのよ、つくよんのこと」
「心配?」
「そ。さっきも言ったけど、つくよんは落ち着いてるようにみえて、恋愛関係はホントに初心も初心、若葉マーク10個つけたいくらい奥手じゃん。おまけにつくよんは自分を分かってないから」

それは俺も前から思っていた。
田中さんは決して不細工ではない。
いや、むしろ、一般的には可愛い方に分類されると思う。
とびきり可愛いとまでは言えないけど、そこそこは可愛い。
ところが、田中さんは、自分のことを地味で人並み以下であると思い込んでいる、いや、確信していると言ってもいいかもしれない。
卑下しているのではない。それを事実として冷静に受けとめているのだ。
それは何故か。

美砂から聞いた話だけど、田中さんは父親似なのだが、母親はとんでもない美人らしい。そして、母方の親戚一同、そろいもそろって皆、美形なんだとか。従兄やはとこに会うたびに、美の境地を見せつけられ、田中さんの中の美の基準は幼少時代にすでにかなりハードルを上げられてしまったとか。
美少女とTVで騒がれている芸能人のことすら「あんまり可愛いと思わないけどなー」などと平気で言うらしいから、田中さんの親戚はどんだけ美形なんだと、ちょっと見てみたいような見たくないような。
ちなみに、その話を聞いた時、美砂に「あ、でも、つくよん、神のことはすっごい可愛いって言ってたよ!よかったね」と言われたのだけど、男の俺が喜んでいいのかどうかは、かなり微妙だ。



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