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(2)



「とりあえず、初めから話せ。主語も背景も分からなくちゃ相づちすら打てねえよ」
「初めね……」
美砂はポテトを口にくわえたまましばし考えこむように斜め上を見た。
「初めはね、携帯なのよ」

美砂の話はあっちこっちに飛んで非常にわかりにくいので、とりあえず、背景をかいつまんで説明しておくことにする。
つまりはこういうことなのだ。

美砂には、田中月夜という中学以来の親友がいる。
「月夜」と書いて「つくよ」と読む。美砂は「つくよん」と呼んでいる。
ぶっとびキャラの美砂とは外も中も正反対、真面目で落ち着いた雰囲気の女の子だ。
高校で進路は分かれたけど、今でも定期的に会っているらしい。
こいつらが仲が良いことを不思議がる者も多いけど、俺に言わせれば、美砂みたいな突拍子もないヤツは、田中さんくらい適度に冷めて適度に天然な人じゃないと扱えない。
とにかく、美砂にとって田中さんは、自分を一番よく分かってくれる大親友らしくて、田中さんのためならなんでもしてあげたいのだそうだ。まあ、それは大抵は的はずれで余計なお世話なのだけど。

そしてもう一人、原田陽介。
こいつは俺の幼なじみなのだけど、美砂と田中さん、そして陽介は中学3年の時、同じクラスだった。
それまで、田中さんは陽介のことを「嫌い」だと断言していたのだけど、学祭の学級劇で『ロミオとジュリエット』を演じたことをきっかけに、2人は互いに意識し始めたようなのだ。
田中さんも陽介も、お互いのことを「好きだ」とは一言も言っていないけど、美砂はそれを紛れもない事実であると確信している。美砂曰く
『あたしの目をなめんなよ!』だそうだ。
そんなわけで2人をくっつけようと、日々、余計なお世話をいろいろ焼いているらしい。



「つくよんって電話嫌いでしょ」

美砂はくわえていたポテトを口に詰め込みながらそう言った。
「メールの返事はいつも遅いし、そっけないし。あたしですら、事務連絡以外でつくよんの方からメールもらったことないし。
そいや、ほら、春休みにようやく買った携帯の番号、神が聞き出そうとしたときも、
『必要最低限の人にしか教えたくないから』
とか言って冷たくあしらってたじゃん」

そう、あれは地味に凹んだ。
まあ、結局その後、田中さんとケンカした美砂が、「嫌がらせだー」とか言って、俺に番号とメアドを横流ししてきたわけだけど。

「だからつくよんのアドレスってのは超貴重なわけ!ついでに言うと、つくよんのアドレス帳には、家族と、あたし含めた元吹奏楽部のメンバーと現部活仲間の数人のしか入ってないから。男は皆無だよ、皆無」

田中さんらしいなあ。
俺は美砂のポテトに手を伸ばして口に放り込んだ。

「だからね、あたしは気を利かせて、つくよんの携帯には原田のアドレスをこっそり登録して、原田にはつくよんのアドレスを送りつけたのよ。それが1ヶ月前の話」
「へぇ……」
「普通、」
美砂はどんとテーブルを叩いた。
「1ヶ月もあったら、どっちかが何かしらアクション起こさない?!」
「さあなあ」
俺はもう一つポテトを口に運んだ。

「起こすでしょ、普通!それが何もないの、あの2人!
つくよんはいいのよ!そういう子だもん!自分から積極的に、とか無理だもん!
てか、多分、あたしがアドレス登録しておいたことにもまだ気づいてなさげだから。
でも、原田は別!何あのヘタレ!マジありえない!携帯奪って確認してみたら、アドレス送ったあたしのメールは保護してるくせに、アドレス帳に登録はしてないんだよ!これどういうこと!」

「あー……うん、まあ、あいつ見かけによらずシャイだから」
「シャイとか関係ない!」

どん!
 
トレイの上にポテトが散らばった。

「……ちょっと落ち着けよ。ジュースでも飲んで、ほら」
俺は倒れかかっていた飲み物のカップを差しだした。
美砂は黙って受け取ると、ずずずっとストローですすりあげ、「ふう」と息をついた。
「それでね、原田にまかせておいたら、まったくなにも進展しないと気づいて、作戦を変えることにしたの」
「作戦ねぇ……」
「そう、名づけて『突然のメールに甘い胸のときめき大作戦』」
「うわ、キモ」
「何か言った?!」
「いえ、何も。なんかいやな予感がするけど、一応聞いてやるよ。どんな作戦なんだ?」
「何よ、いやな予感って!超素晴らしい作戦だったんだからね!」

うわ、ますます不安だ。絶対ろくな作戦じゃねえし。

「まず、下準備として、原田に、つくよんが電話やメールが大嫌いで、滅多なことでは自分からメールをしないことを吹き込んでおきます」
「うん、それで?」
「次に、つくよんの携帯から、こっそりつくよんになりすまして原田にメールを送ります」
「……」
「それを見た原田は思います。
『え、こいつメールは滅多にしないはず……。もしかして、俺のこと………』」
「アホだろ」

俺は間髪入れずにツッコんだ。

「なんでーー?」
「なんでじゃねえよ、アホすぎだろその作戦。いや作戦ですらねえよ。それはただの悪戯だ!」
「悪戯じゃないよ!悪気はないもん!」
「悪気はなくても、客観的に、どう見ても、どう考えても、悪戯以外の何者でもねえよ!
いいか、絶対実行するなよ」
そう言って、俺は人差し指を美砂につきつけた。
すると美砂は小首をちょっと傾けてきょとんとした表情で、爆弾を投下した。

「え、もう実行済みだけど?」



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