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《1話》第一次 マクドナルドの乱


(1)



「もどかしい!」

俺の顔を見るなり、そいつは開口一番そう言った。

「あ、そ。とりあえず俺、何か買ってくっから」
「そんなの後でいい!とりあえず座れ!そしてあたしの話を聞け!」

そんな理不尽な要求に(嫌々)応えて、何故か、俺、神蓮一郎は、中学からの悪友、
那須美砂 なすみすな と、土曜の昼真っから大通のマックで顔を突き合わせていたりする。

「だからさ、もどかしいんだって、あの2人!絶対お互い好きなのに、関係ありません〜、別に気にしてません〜って顔してさぁ。あたしがこんなに気をもんでやってるのに、感謝するどころか、『うざい』とか『うるさい』とかさ。どうなのそれって!ひどくない?ひどいしょ。てか、ひどすぎ!」
「あーー……とりあえず、美砂さん。誰の話?」
俺の当然の疑問に、美砂はきょとんとした顔をした。

「そんなの、つくよんと原田に決まってんじゃん」

決まってねえよ。
そもそも、俺はなんで今日呼び出されたのかもよく分かってねえし。



今朝、ここちよい眠りの世界にいた俺は、軽快な電子音で起こされた。
時計を見るとAM5時。
ふざけんな、誰だよ、死ねバカ。
無視して、再び眠りにつこうとしたけれど、その非常識野郎は3分と置かずに携帯を鳴らし続ける。

いい加減にしろ、バカ!

と思って、名前を確かめると、非常識というより、自分だけの常識を貫いているヤツの名が表示されていた。

俺は寝ぼけ眼なままチッと舌打ちした。
こいつの場合、無視をしても無駄だ。
このまま電源を切ったとしても、人の迷惑など考えず家まで押しかけて来かねない。
たとえ、アイツの家と俺の現在の住処が片道1時間以上離れていたとしても。

俺はしぶしぶ通話ボタンを押した。
「なんだよ」
の「ん」まで言い切らないうち、美砂は
『今日ひま?』と意気込んできた。
「……まあ、暇っちゃ暇だけ」
『10時にあたしんちに来て』
また、俺がすべて言い切る前に、美砂は理不尽なことをのたまった。

「はぁ?10時にお前んち?ふざけんなよ」
『なに、不満なの?しょうがないなあ。じゃあ、9時でいいよ。それより前は無理だからね。うちにだって都合があるから』
「誰が待ち合わせ時間に異を唱えたよ!てかなんで早まってんだよ!」
『違うの?』
「違うに決まってんだろ!な、ん、で、俺がわざわざ片道1時間以上かけてお前んちに行かなきゃなんないんだ、って言ってんだよ!」
『えーー?何、じゃあ、あたしに神のマンションに行けっての?一人暮らしの部屋に連れ込んで何する気?』
「仮に気が違って小学生や老婆に走ることがあったとしても、お前にだけは絶対手を出さないから安心しろ。
そうじゃなくて、なんでお互いの家じゃないといけないんだよ。町でいいじゃん」
『町〜?まあ、いいか。んじゃ大通のペコちゃん前』
「あ、つぶれたぞ、あそこ」
『え、マジ!?ショックーー!ロビ地下もなくなっちゃったし、何、それじゃ今「札幌三大待ち合わせ場所」はヒロシしか残ってないわけ!札幌市民は全員ヒロシで待ち合わせろと!?』
念のため説明しておくと、ヒロシというのは、地下鉄南北線大通駅改札を出たところにある、黄色い巨大TVのことである。名前の由来は知らないけど、ヒロシと呼ばれて親しまれている。ちなみにスペルは「HILOSHI」。ヒロシのロはRじゃなくてLらしい。
「しらねえよ、とりあえず、ヒロシ前でいいだろ」
『うん、じゃ、10時にヒロシで!』

俺はよっぽど寝ぼけていたのだろう。
電話を切ってしばらくしてから気づいた。
俺は別に、今日あいつに会って話を聞いてやる義理など何一つなかったということに。



そうはいっても、約束してしまったものは仕方がない。
ドタキャンなどしようものなら、後がうるさい。
ちゃんと10時にヒロシ前に行ってやった。

それなのにだ。

来ねえし。
自分から呼びつけておいて10分遅刻。
帰るぞ、くそ。
電話だとうざいからメールを送ろうとして携帯を取り出した瞬間、着信があった。
美砂からだ。

「おい、お前何してんだよ!」

通話ボタンを押すと同時に怒鳴りつけると、美砂はまったく悪びれた気配も見せずにのほほんとした声を出した。
『ごっめーん。いやあ、早く着き過ぎちゃってさ。お腹空いたからマックに移動したんだ。悪いけど、こっち来て、じゃね』
「あ、おいこら!」
切りやがった。

はあ……。
仕方がない。キレたところで意味はない。怒ればそれだけエネルギーの無駄。
俺はしぶしぶマックに移動した。
そして、到着した俺の顔を見てあいつが言った言葉、それが冒頭の「あれ」である。


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