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ゴールデンウィークも終わって、なんだかだるい5月半ばの日曜日。 わたしは久々に亜弓ちゃんの家に遊びに来ていた。 日曜日――ということは当然昨日は先輩の家にお泊まりしてそのまま直行したからちょっと眠い。 と言うか、最近なんだかすごく眠くてだるい。 先輩との「大人の関係」が始まってもう丸2ヶ月。 はじめは慣れないことに気が張っていたからか体調の変化なんか感じる暇もなかったけど、ここにきて一気に疲れが出たのかも知れない。 そういえば、先輩も昨日は土曜日だっていうのに1回しかしなかった。初めのうち、土曜日は次の日が休みだからか2回3回と意識が飛ぶまでやめてくれなくて、よく考えればあの頃はお互いよく体力が持っていたなと思う。 週末に限らず、ここ数週間は全体的に回数が減ってるような気がするけど、先輩も疲れてるのかな? + 「はい、プリン」 ぼけっとしながらカーペットの上に座っていたら背後から手が伸びて目の前のローテーブルに生クリームがたっぷりのったカッププリンが置かれた。 「ありがと」 にこっと笑って亜弓ちゃんの手元を見ると、粒いりグレープフルーツのゼリーを持っていた。 わたしはそれをじっと見つめると、知らず知らずのうちに口につばがたまってきた。 亜弓ちゃんは怪訝な顔をしながら回り込んでわたしの向かいに腰を下ろした。 「何?」 「……ゼリーおいしそう」 「え?刈谷ってグレープフルーツ嫌いじゃなかった?苦いから嫌とか言って」 「うん、苦手だったんだけど、この前無性に食べたくなって食べてみたら美味しくて、最近ちょっとはまってるの」 「ふーん。刈谷も大人になったってことかしら。今までもただの食わず嫌いだったんじゃない?」 「うん、そうかも」 ゼリーから目を離せないわたしを見かねて、亜弓ちゃんは無言でゼリーとプリンを取り替えてくれた。 「にしても、こんなゆっくり会うのは久しぶりね。大学入ってからはわたしも授業だサークルだで忙しくてなかなか刈谷に会いにいってあげられなかったものね」 「うん。わたしもH大にはしょっちゅう行ってるんだけど、タイミングが合わなくて……」 「そうよ刈谷!まったくあんたには呆れるわ。ようやくあの男を切る勇気が出たかと思えば 『やっぱりまだもう少し好きでいることにする』だもの。 えぇ、えぇ、分かってたわよ。どうせあんたが簡単に陛下のことを忘れられやしないってことくらい」 「……ちゃんといつかは忘れるもん」 「いつかっていつよ?」 「……先輩に本当の彼女が出来たら?」 「彼女ねぇ……あ、そういえば!あんた変な噂が流れてるわよ?」 「噂?」 「そう、あんたの”隠れてるつもりだけど隠れられてない親衛隊”が騒いでた」 「え?誰?」 「いや……親衛隊のことはいいのよ。あれは無害だから。 そうじゃなくて、う・わ・さ!あんたと陛下が付き合ってるって!まさか本当じゃないわよね?」 わたしは思いっきり頭を横に振る。 「まさか!わたしは今もただの小間使いだよ」 「……まぁ、そうよね。なんでそんな噂が立ったんだか」 本当になんでだろ? 首をかしげてゼリーを口に運ぶ。口の中に広がる苦みが心地良い。 「そういえば亜弓ちゃん。サークルって何やってるの?」 「ん?ただのイベントサークルよ。雅也に誘われて無理矢理ね」 「イベントって、何するの?」 「うーん。まぁ、今のとこ、飲み会とか飲み会とか飲み会とか」 それって楽しいのかな? よく分からないや。 「わたしもサークルとか入った方がいいのかな……」 「遊びサークルなら別に無理して入ることないわよ。実際くだらないもの」 「そっか。じゃ今はいいや」 「それがいいわよ。わたしがいないとこで変なサークル入られたら不安だし」 「うん、わたしも亜弓ちゃんいないと不安。それにあんまり忙しくなっちゃうと先輩に会いに行けなくなっちゃうし」 わたしの答えに亜弓ちゃんはうんざりした顔をする。 そして、諦めたように溜息をつくとプリンを口に運んだ。 「別にサークル自体は忙しくないわよ。あたしがここ最近刈谷に会えないくらい忙しかったのは、サークルで知り合った困った友達のせい」 「困った友達?」 「そ」 亜弓ちゃんはスプーンをくわえたまま片頬をついて一瞬遠い目をした。 「初めはね、ぼけっとしたところが刈谷っぽくて可愛いなと思って声かけたんだけど……とんだ困ったちゃんだったわ。わたしの見る目も衰えたものね……」 「何があったの?」 「うん、ちょっと聞いてくれる?」 亜弓ちゃんはスプーンを乱暴にプリンに突き刺すと怒濤の勢いで話し出した。 + 「2週間くらい前の話なんだけどね、その子――仮にAとでもしとこうかしら、そのAが今にも泣き出しそうな顔してわたしのところに来たの。初めは訳をなかなか話そうとしなかったんだけど、人が少ない涼しい木陰に連れて行ったらようやく話してくれたわけ。その内容ってのが……」 「ってのが?」 「妊娠した」 「…………え?」 「妊娠したって言うのよ。もうびっくりしちゃってよくよく話しを聞いたら単に生理が1週間遅れてるだけで、検査したとかいう訳ではないって言うの。生理なんて体調次第で1週間くらい前後することあるでしょ?気のせいじゃないの?って言ったんだけど、自分は今まで一度もこんなにズレたことはないし、心当たりが思いっきりあるって言うのよ」 「心当たり?」 「その子、二浪してるからもう二十歳なんだけどね、長いながーい受験がやっと終わった開放感からなのか、サークル入るなり速攻で彼氏作って、しかも付き合って3日でやっちゃったらしいのよ。おまけに避妊もいい加減だったらしくてさ」 「……やっちゃった?……いい加減?」 「それでも単に遅れてるだけって可能性だってあるじゃない?だからとりあえず病院に行けって言ったんだけど、 『どこで誰が見てるか分からないのに、もし変な噂が立ったらどうするの!?』とか言うのよ。だったら検査薬で調べてみたら?って言ったら『恥ずかしくてレジに持ってけない!』とか言うし、も~!仕方がないからわたしが代わりに買いに行ってやったの!そ れ な の に!!」 力説する亜弓ちゃんにわたしは曖昧に微笑んでみせる。 ごめんなさい。半分以上何言ってるのか分かってません。 「あたしが買い物に行ってる間に、何を思い詰めたのか、Aはサークル会館に特攻して相手の男に『責任とれ!ゴラぁ!!』と迫ってたわけ」 「は、はぁ……責任……」 「そしたらその男がまた絵に描いたようにいい加減で最低な馬鹿男で、Aの告白を聞いてまっさきに飛び出した言葉が、『え?俺金なんか出せねえよ』、だったのよ!もう非難囂々の大ブーイングよ。 『何よそれ!堕ろすの前提!?しかも金は出さないってどういうことよ!』 『はぁ?何言ってんの?まさか産む気?マジ勘弁してくれよ。産むのは勝手だけど認知とかしねえから』 『信じられない!あんた私のこと好きだって言ってくれたじゃない!好きだからしたんじゃないの!好きな女に子供が出来たら”結婚しよう”くらいのこと言えないの!?』 『おいおい、笑わすなよ。最中の男の言葉を鵜呑みにするとかどんだけ純情なわけ?簡単にやらせてくれそうだから付き合っただけだっての。マジで好きならもっと大事にするっての。しかも結婚とか……笑うの通り越して可哀想になってくんだけど。学生で収入もないのにできるわけないしょ。好きな女でもためらうのにお前程度の女、考えるまでもないね』 『ひ、ひっどい!!最低!あんたの方から声かけてきたんでしょー!』 『こんな重くて痛い女だと知ってたら声かけなかったよ』 『こ、の………最低男!くず!馬鹿!死ね!』 ……てね、もう泥沼。周りの馬鹿がはやし立てるもんだから一時は大乱闘になりかけて大変だったんだから」 亜弓ちゃんは「ふぅ」と息を吐いて再びプリンを口に運んだ。 「そういえば、刈谷、この話、皇帝陛下から聞いてないの?」 「……え?」 考え事をしていて反応が遅れたわたしを、亜弓ちゃんは不審そうな顔で見ていた。 「あの人、なんだかんだで頼りにされてるからね。大乱闘になったあの場をおさめたのは陛下なのよ」 聞いていなかった。 そもそも、先輩は自分から話題を振ってくることはない。 聞けば答えてくれるけど、聞いてないことは基本的に話さない。 いつもわたしが一方的に話すばっかりだ。 「ま、結局Aの早とちりで、その大立ち回りの2日後に無事生理が来て、なんだったのよってことになったんだけどね。まったく人騒がせよね」 「……そうなんだ」 亜弓ちゃんの話しを聴きながら、わたしはゆっくりゆっくり自分の中で内容を吟味してその意味を考えていた。 分からない単語がいっぱい飛び出していたから、ほとんど意味不明だったけど一つだけ、すごくひっかかることがあった。 「あの……亜弓ちゃん?」 「ん?」 「一つ聞いてもいい?」 「あぁ……ごめん。刈谷にはちょっと内容が難しかったわね。いいのよ、分からなかったことは流してくれて。 別に刈谷は知らなくてもいいことばっかりだから。あたしが話してスッキリしたかっただけ。ごめんね、分からない話して」 「あ、ううん。いいの。ただ、一つすごく気になったことがあって……」 「なあに?」 「うん」 わたしはスプーンをゼリーのカップに入れると亜弓ちゃんをまっすぐ見つめた。 「生理って何日くらい遅れると妊娠の可能性があるの?」 「え?うーん、そうねぇ……まぁ、一般的には2週間くらい遅れると不安にはなるかな」 「2週間……」 わたしはゼリーに視線を落として小さくつぶやいた。 そんなわたしの様子に、亜弓ちゃんは可笑しそうな声を上げた。 「やだ、刈谷。何不安そうな顔してんのよ。もしかして遅れてるの?」 「………うん」 「どれくらい?」 「………1ヶ月くらい」 |