3.コマ子さん、口説かれる(後)


「……福原先輩?わたしの話、聞いてました?」
「聞いてたよ、もちろん」

ちょ、ちょっと待って!
え?だって、わたしは「好きな子に告白すべきだ」って言ったんだよ?
それで、わたしと付き合うって……え、それってつまり……

「わ、わたしのことだったんですか!?」

ビックリしてひっくり返りそうなわたしを、福原先輩は優しく引き寄せる。

「そうだよ」
「で、でも、そんなそぶりまったく見せなかったじゃないですか!」
「俺、演技得意だから」
「いつもわたしのこと応援してくれてたし!」
「コマ子ちゃんが御門のことを好きで好きでたまらないことはよく分かっていたからね」
「そ、そんな、だって、なんで、わたしなんかを……わたしなんて、チビだし、バカだし、ガキだし……」

狼狽えまくるわたしに、福原先輩はおかしそうに目を細めた。

「それ、誰が言ったの?」
「え、誰って……」

もちろん、御門先輩です。彼の評価は絶対なのです!

「言っておくけど、そんなこと言ってるのは御門だけだからね」
「えぇ!」
「世間のコマ子ちゃん評価は、おおよそ”可愛くて、一生懸命で、けなげな子”、だよ?」

う、嘘だ!そんなの知らない!!

「……俺が、なんで今日合コンに参加したかって、聞いたよね?」
「……はい」
「コマ子ちゃんが参加するって聞いたからからだよ」
「……え?」
「俺、誘われてなかったんだ、初めは。今まで誘われても断ってたから、雅也も俺には声をかけなかったんだ。
でも、今回、コマ子ちゃんが参加するって聞いて、雅也に無理を言ってメンバーに入れて貰ったんだ」

え、え、え、え……!
どうしたらいいの?どうするべきなの?こういう時!?

自慢じゃないけど、わたしは今まで一度も告白なんてされたことはない。
それに、何故かわたしの周りの友達も、わたしの前では恋バナらしきものをほとんどしない。
多分、わたしがあまりにお子様で理解できないと思われちゃってるからだと思うけど。
人の告白場面に遭遇したのも、浅田くんが亜弓ちゃんにしたときくらい。
そして、亜弓ちゃんのあの反応はきっととっても特殊なものだったんだってことくらい、いくら疎いわたしでもなんとなく分かる。わたしが今、あの時の亜弓ちゃんと同じ態度をとったら福原先輩は絶対びっくりしちゃう。

考えすぎて頭の容量がパンクしそうになっていると、福原先輩は再びわたしの手を両手で握りなおした。

「難しく考えないで。コマ子ちゃんは御門を諦めたい」
「はい」
「だから彼氏を作りたい」
「はい」
「俺のことが、もう生理的に受け付けない、顔も見るのも嫌ってわけではないよね?」
「はい」
「だったら、俺がその彼氏になってもいいんじゃない?」
「……えっと、はい……?」

確かにそうなんだけど、なんか都合良く話をもっていかれているような気が……。考えすぎかな?


「御門の代わりになれるとは思ってない」
「……え?」

福原先輩は、まっすぐにわたしの瞳を射貫く。すごく真剣な表情……

「コマ子ちゃんにとって、御門の存在がどれだけ大きいか、俺はよく分かってる。
だから、御門に取って代わろうなんて大それたことは考えてない」
「……」
「ねえ、コマ子ちゃん」

福原先輩は、どこか陰のある笑みを浮かべてわたしの名前を呼んだ。
それは今まで見たことのない表情で、わたしは思わず息をのむ。

「キスしようか?」


言葉の意味を飲み込むのに、数秒かかった。


「……はい?」

福原先輩は、なおも笑顔で迫ってくる。

「それとも、いっそのこと、今日はこのまま、このホテルに泊まっていこうか?」

福原先輩は横目で、わたしが読めない横文字のホテルの看板を示してみせる。

え?え?え????

どういうこと?
って言うか、なんでいきなりそんな話に?

「御門とは、キスしたことないよね?」

あ、あるわけない!!

わたしはちぎれそうなほど盛大に首を横に振る。

「なら、当然一緒に夜をすごしたこともないよね?」

たしかに、ない。
先輩のマンションに呼ばれたことは何回もあるけど、夕方6時になると必ず追い出される。
作業がどんなに中途半端でも6時になったらわたしの役目は終わり。それは絶対のルールだった。

「御門としたことがあることをしようとしたら、コマ子ちゃんはどうしたって俺と御門を比べるだろ?」

う、うん。いけないとは思いながらも絶対に比べそうだ……。

「だったら、御門としてないことをすればいんだよ。それなら比べないで済む」

そうか!それはすごいアイディア!!……なのかな?

「御門の記憶は消せないかもしれない。だから、より強力な記憶で薄れさせてあげる」

で、できるのかな……そんなこと?

「試してみる価値はあると思うよ?どうする?コマ子ちゃん」

え、えーと、えーと……どうしよう。
確かに、さっきまで単純に彼氏さえできれば先輩のことを諦められると思ってたけど、そう簡単にはいかないような気がしてきた。
だったら、福原先輩の言うとおりにした方がいいのかもしれない。
でも、諦めようと決めたのはつい最近で、それで今日、今すぐキスとか……いいのかな?できるかな?

混乱、さらに焦りながら福原先輩の顔を伺うと、さっきと同じ表情で笑っていた。

う、うぅ……催促されてるわけではないのに、待たせているようでものすごく居たたまれない!
これ以上待たせちゃ悪いよね……?
福原先輩のことは嫌いじゃないし、なんかよく分からないけど、とりあえず……

「あ、あの……よろしくおねがいし」

ます。

と言おうとした口が、突然両横からの引力によって阻止された。

 +

「いひゃい」

とてもなじみのある痛みに、体が一瞬で熱くなる。
首を上にそらして見ると、思ったとおりの端正なご尊顔が、思ったとおりの不機嫌そうな表情でそこにあった。

「どう切り抜けるつもりか様子をうかがっていたら……何を流されそうになっているんだ、このバカ!」
「いひゃいれす」
「お前、今自分がどういう状況にいるか分かってないだろう?このガキ!」
「ひぇんぱい、いひゃい」
「お前のことだから、どうせ”なんだかよく分からないけど、いつまでも待たせたら申し訳ないから、とりあえずOKってことにしておこう”とか思ったんだろ」

さすが先輩!わたしのさっきの思考そのままだ!

「このバカガキ!分かってないなら焦って答えを出そうとするな!よくよくよくよく、よーく考えて、ちゃんと理解してから返事をしろ!」

「へ、へも、あがくあたせたらあるいららいれすか……!」

自分でも何を言ってるのか聞き取れないわたしの口答えを、先輩は一瞬で理解したようで、わたしの両頬を引っ張る指にさらに力が加えられる。
(ちなみに「でも、長く待たせたら悪いじゃないですか」と言ったつもり)

「答えを出そうと真剣に考えているわずかな時間も待てないようなヤツにくれてやる情けなどあるものか。
真にお前のことを想っているヤツなら5分でも10分でも待てる!」

滅茶苦茶な論理なのに、先輩の言葉だと妙に説得力がある。

先輩はわたしを一にらみすると指を勢いよく離した。
寒さも相まって、当然ながら、ものすごく痛かった。
涙目になって頬をさすっていると、福原先輩の呆れたような溜息が聞こえた。

「こういうときはさ、普通、男の俺を殴らない?」

あ、あれ?福原先輩、なんでこんなに冷静なの?

「お前が大人しく殴られるタマか?」
「まぁ、防御くらいはするけどさ」
「だいたい、なんなんだ、あのふざけた電話は!」
「思ってたよりも時間がかかったな。御門のことだから、てっきり5分くらいで駆けつけるかと思ったけど」
「5分でここまで来れるか!距離を考えろ!物理的に不可能だ!」
「不可能を可能にするのが”皇帝陛下”だろ?かのナポレオンも言ってるじゃないか。
”私の辞書に『不可能』の文字はない”って」
「俺の辞書には”不可能”の文字はある。”不可能”を認められないのは弱い人間の証だ」
「御門らしい考え方だな」

えっと……福原先輩は御門先輩がここに来ることを知っていたの?
え、なんで?

訳が分からないわたしを置き去りにして、2人はさらに口論を繰り広げる。

「だいたい、ここに呼び出すなんて何を考えているんだ?嫌がらせか?腹いせか?」
「いやいや、俺は御門と違ってススキノには詳しくないからホテルとかよく分からなかったから、
ここならお互い分かりやすいかと思っただけで他意はないよ」
「俺だって別に詳しくない!」
「はは…まぁ、コマ子ちゃんの前ではそう言うしかないよな」
「黙れ」

なんだかすごく仲よさそう?
この2人ってこんなに仲良しだったっけ?
生徒会時代も別に仲が悪そうだったわけではないけど、事務的な話ばかりでプライベートの話とかは一切してなかったと思うんだけど、わたしが知らなかっただけで、影では仲良くしてたのかな?

事態が飲み込めずきょとんとしていると、先輩が突然わたしの頭を叩いた。

「行くぞ、コマ」
「へ?」

意味が分からず目を丸くしたわたしを置いて、先輩は踵を返した。
すみません、展開が速くてまったくついていけてないのですが……?

「よかったね。御門が向かえに来てくれて」

振り返ると、福原先輩がにやにや笑って立っていた。

「行かないの?」
「え?」

わたしはまだ理解が追いつかずに、10歩ほど先で立ち止まって振り返っている先輩と、コートのポケットに手を突っ込んだ福原先輩を交互に見渡した。

「あ、さっき俺が言ったことだったら気にしなくていいよ。あれ、ほとんど嘘だから」

………。

「高校時代の彼女と別れたのはホント。でも、俺、今別に付き合ってる彼女いるから」

…………。

「えーーーーーーー!」

わたしの反応に、福原先輩は申し訳なさそうに、でも楽しそうに声を上げて笑った。

「ごめんごめん!でも、言ったろ?”俺、演技得意だから”って」

そ、そんな!それじゃ、あの悩んだ時間はなんだったの!?
すっごく焦ったのに!びっくりしたのに!!
からかうなんて、ひどい!

恨めしそうに見上げると、福原先輩は複雑そうな表情をした。

「おい、コマ!何してるんだ!?早く来い!」
「あ、はい!」

後ろからの先輩の呼びかけに、とりあえず条件反射で返事をすると、わたしは福原先輩をにらみながら頭を下げた。
腹は立つけど、上下関係は大切だ。

頭を上げようとした瞬間、福原先輩はさっと身をかがめてわたしの耳元でそっとささやいた。

「――え?」

首をかしげるわたしの腕が後ろから引かれた。
しびれを切らせて戻って来た先輩が、わたしの腕を掴んでいた。

「さっさと来い!」
「あ、はい」

わたしは福原先輩にもう一度軽く頭を下げると、引っ張られるままに先輩の後ろをついていった。
自分のものよりずっと早い歩調にあわせて足を動かしながら、わたしはさっき福原先輩に言われた言葉の意味を考えていた。


――御門はああ言ってたけど、時には流されてみてもいいと思うよ。流された先に、今まで見えなかったものが見えるかもしれないから。






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