3.コマ子さん、口説かれる(前)


「さて」

去っていく亜弓ちゃんと浅田くんの後ろ姿を見送っていると、耳元で福原先輩の声がした。
振り返ってみると、思ってた以上に福原先輩の顔が近くにあって、わたしはびっくりして思わずまじまじと見つめてしまった。
福原先輩はそんなわたしの反応に、少し眉を下げると顔を離してぽんと軽く頭をなでた。

「ちょっと電話してくるから。明るいところで待ってて」

あぁ、おうちの人に確認の電話を入れるのね!

わたしはこくんと一つうなずいた。

  +


福原先輩は5分ほどですぐに戻って来た。

「ごめんね、コマ子ちゃん。お待たせ」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ、行こうか」

福原先輩は、ものすごく自然な動きでわたしの手をとると少しだけ早めな歩調で歩き始めた。

男の人と手を繋ぐのなんて小学校低学年以来だな……。
亜弓ちゃんとはしょっちゅう繋いでるけど。
もちろん、先輩と繋いだことも1回もない。
……先輩のことは忘れようと思ってるのに、ついつい先輩のことを思い出しちゃう。
ダメだな……もっとしっかりしなきゃ!

自分で自分に渇をいれて、ふとあたりを見渡すと、なんだか変な雰囲気のところに入りこんでいた。
ススキノには詳しくないからよく分からないけど(というか、恐い噂ばっかりよく聞くから今まで一度も来たことがなかったんだけど)、それでもさすがにちょっと変な気がする。

「あの……福原先輩?」
「ん、何?」
「駅って、こっちなんですか?」
「ううん。こっちじゃないよ」

ん?どういうこと?

福原先輩は急に足をとめると、視線を横に流した。

視線の先にはホテルの看板。
『――』
うぅ……横文字でなんて書いてあるのか分からない。

「寒いね」

唐突に、福原先輩はそう言った。

「え、はい。まだ3月ですからね。
あの、帰らないんですか?」

「あぁ……さっき電話したらね、ちょっと時間がほしそうだったから。どこかで時間をつぶそうかな、と思って」

にこっと微笑む福原先輩。

あぁ、そっか!わたしったらなんて気が利かないんだろう!
突然人を一人泊めさせてくれと言われても、先方にはいろいろ都合があるに決まってるじゃない!
お掃除したり、チビちゃんたちを寝かせつけたり……。
亜弓ちゃんたちのことばかり気にして、つい福原先輩のお言葉に甘えちゃったけど、ご家族の人には申し訳ないことしちゃった。
何か菓子折でも持って行った方がいいのかな……

うつむいて考え込んでいたら、わたしの手を握る福原先輩の手にわずかに力が加わった。
慌てて顔をあげると、福原先輩はやけに真面目な顔でわたしのことを見下ろしていた。

「ねえ、コマ子ちゃん。なんで今日、合コンなんかに参加したの?」
「……え?」
「今までそんなの出たことないだろ?しかも今回は亜弓ちゃんに誘われて無理矢理じゃなくて、コマ子ちゃんが望んだことだって言うじゃないか。どうしちゃったの?御門のことはもういいの?」

――もういいの?

その言葉に、一瞬ドキっとした。
それでもわたしは、いつもの笑顔をはりつけて小さくうなずいた。

「いいんです。ようやく決心がついたんです」
「コマ子ちゃん……」
「いままでが甘えすぎていたんです。先輩は優しいから……」
「……御門を、”優しい”なんて言うのはコマ子ちゃんくらいだよ」

苦笑する福原先輩に、わたしはちょっとむっとする。

「先輩は優しいです!先輩が優しくなかったことなんか1回もないです。
そりゃ、先輩は無口で無愛想で、厳しいことを言ったりもしますけど、でも、理不尽な厳しさだったことは1度だってないです。いつもちゃんと周りのことを考えて、最善を尽くすために必要だから厳しく言っているだけです。
あれは先輩の優しさなんです!」
「うん、そうだね」

あ、あれ?福原先輩は拍子抜けするほど、あっけなくわたしの主張に同意した。

「コマ子ちゃんは、御門のルックスやステータスに惚れたわけじゃないものね。
きっと、コマ子ちゃん以上に御門のことをまるごとそのまま好きになれる人はいないと思うよ」

う、うーん。そうなのかな……?先輩は素敵な人だもん、きっとわたしだけじゃないと思うけどな。
今の彼女の工藤さんも、前の彼女の藤原さんも、その前の彼女の江本さんも、その前の彼女の……
えっと、つまり今までの先輩の彼女さんたちは、憎まれ口は叩きながらも、先輩のことをそのまままるごと好きだったんじゃないかな。

そんなことをごにょごにょとつぶやくと、福原先輩は困ったような微笑を浮かべた。

「そうかもしれない。でも、だからってコマ子ちゃんが諦める必要はないんじゃない?」

福原先輩は、なぜか昔からずっとわたしのことを応援してくれている。
それをずっとありがたいと思ってきたけど、ようやく決心がついた気持ちに揺さぶりをかけるのはやめてほしい。

「……こんな関係いつまでも続けるわけにはいきませんよ。
だって……今はよくても、いつかきっと先輩はわたしのことを邪魔に思う日が来ます。
わたしをうっとうしく思うようになります。もしかして、嫌われちゃうかもしれません。
そんなの……そんなのわたしには耐えられません。先輩に嫌われたら、わたし生きていけません。
だから、嫌われちゃう前に、お前なんかいらないっ言われる前に、自分から離れなきゃいけないって思ったんです」
「……離れ、られそう?」

優しく、だけど諭すように尋ねる福原先輩の声に、一瞬自分でも気持ちが揺るぎそうになるけど、わたしは頑張って満面の笑みを浮かべた。

「離れてみせます!」

そんなわたしに、福原先輩の顔はわずかに歪む。
あれ、上手く笑えてなかったかな……?心配してくれてるのかな……申し訳ないな……。

「そ、それに!わたし、これでも結婚願望はあるんですよ!子どもだって3人は欲しいです!
でも、先輩のことを追いかけてるかぎり、わたし絶対一生独身です。
だから、結婚とともかく、まずは彼氏が欲しいです。
わたし、男の人って先輩と生徒会のメンバーとくらいしか接点ありませんでしたし、これからは彼氏と楽しい思い出いっぱい作るんです。わたし、モテませんし、すぐには出来ないかもしれないけど、亜弓ちゃんも協力してくれてるし、頑張れば1人くらい、わたしを彼女にしてもいいって人が現れるかもしれませんし、これからは合コンとかにもいっぱい参加して……」

言えば言うほど、福原先輩の表情は痛々しげに曇っていって、それにつられてわたしの声も徐々に勢いをなくしていく。

「……コマ子ちゃん、」
「それより!」

何か言いたげな福原先輩の言葉をさえぎってわたしは必死で話題を変えようとした。

「福原先輩こそ、どうして合コンに?高校時代は彼女さんいましたよね?」
「あぁ……あの子とは卒業と同時に別れたよ」
「え……あ、そうだったんですか」

「仲よさそうだったのに……」というわたしの独り言に、福原先輩はなぜかふっと笑みを零した。

「別れる前からギクシャクしてたんだ。彼女はきっと気づいてたんだと思う。俺の気持ちが離れていってることに」
「え?どういうことですか?」

福原先輩はますます淋しげに微笑んだ。
なんでこんな表情をするんだろう?

「他に、気になる子ができたんだ」
「え、じゃぁ、今はその人と付き合ってるんですか?」

福原先輩はやんわりと首を横にふった。
……あ、そうだ!彼女がいたら合コンに参加なんてするはずないじゃない!
バカバカ!ちょっと考えれば分かるのに!
気を悪くさせちゃったかな……?
慌てて謝ろうとしたら、なぜか笑って頭をなでられた。
……だから、なんで?

「その人は福原先輩の気持ちを知ってるんですか?」
「いや」
「告白しないんですか?」
「その子はその子で、別に好きな人がいるんだよ」

あ、まただ。わたしってばさっきから地雷を踏みすぎ!
申し訳なさと情けなさで、思わず瞳がうるんでくる。

福原先輩は「気にしないで」とでも言うように、また優しげに微笑んだ。

「その子も今、辛い恋をしているんだ。いつも笑顔がとびきり可愛い子なんだけど、今はその子の笑顔を見ているだけで、たまらなく切なくなる」

し、知らなかった!福原先輩がそんな切ない片思いをしていたなんて!!

「福原先輩!」

わたしは福原先輩の手を両手でぎゅっと力いっぱい握りしめた。

「告白してみるべきです!わたしみたいに、可能性が限りなくゼロに近いわけではないんですよね?
だったら、もしかして上手くいくかもしれないじゃないですか!」
「……本当にそう思う?」
「はい!福原先輩は顔も格好いいし、背も高いし、頭も良いし、優しいし、頼りがいがあるし……とても素敵な人だと思います!わたしが保証します!」
「そっか……」
「はい」
「じゃぁさ」

福原先輩は、わたしの手をぎゅっと握りかえしてきた。
夜風にさらされて冷え切っているはずのその手が、やけに熱く感じた。

「コマ子ちゃん、俺と付き合わない?」

―――え?





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