2.コマ子さん、合コンに行く


思い立ったが吉日――とでも言うのかな?
亜弓ちゃんの行動はものすごく早かった。
あれから3日後にはもうメンツを集めて合コンが開催されることになっていた。
わたしはあまりの展開の速さにまったくついて行くことが出来ず、ただただ亜弓ちゃんにされるがままに服から髪型から化粧まで整えられて、訳も分からないまま合コンの日を迎えてしまった。

とりあえず、前日に何故か全員集合していた姉兄姉兄に御指南を願ったのだけど――

長女:唐子(32) ※社長秘書兼愛人
 「男は金よ!とりあえず金持ってる男を捕まえなさい。歳は最低10は上がいいわね。
 あんたみたいなベビーフェイスは年上受けはいいはずだから楽勝よ」
次女:咲子(26) ※バツ3のプチ結婚詐欺者(現在離婚調停中)
 「やだ、違うわよ!男は顔よ!あんたみたいなロリっぽい子にたかる金持ちの年上男なんて
 変態に決まってるじゃない。やっぱり若いうちは一緒に連れてて見栄えがいいのが一番よ」
長男:楽人(29) ※この春、教え子(18)とデキ婚した元高校教師(現在就活中)
 「おいおい、こいつみたいなお子ちゃまは、顔のいい男からしたらオモチャみたいなもんだぜ?
 遊ばれて泣かされるのが目に見えてる。ここはちょっと奥手そうなインテリ男あたりがいいんじゃね?」
次男:悠人(23) ※「女は食い物」がモットーのホスト
 「いやいや、奥手な男はストーカーになるキケンがある!
 やっぱあれだろ。あっちが上手い男のがいいって。だってお前、処女だろ?だったら……」

「あっち」ってなんのこと?
と口をはさもうとした時点で、空から悠人兄の頭にお母さんの鉄槌が落ちてきた。

「この子に変なことを吹き込むんじゃないの!もう解散!!」

結局、お姉ちゃんたちが言ってることはてんでバラバラ、しかも半分くらい何を言ってるのか意味が分からなかったからさっぱりなんの参考にもならなかった。

とりあえず、「金持ち」「10歳以上年上」「顔がやたらいい」「奥手そうなインテリ」「何だからよく分からないけど”あっち”が上手な人」はやめておいた方がいいらしいということだけ頭にたたき込んでおいた。

  +

「はぁ……はずれね」

会計をすませている男の子たちを置いて、先に店の外に出てきた亜弓ちゃんはぼそっとつぶやいた。

「雅也の”俺にまかせておけ”なんて言葉を信じたあたしがバカだったわ。まさか雅也があんなに使えないとは思わなかった。我が彼氏ながらがっかりだわ!」

わたしたちより2歳年上の浅田くんは同じ大学の人を中心に一生懸命、亜弓ちゃんの条件に合う人を探してくれたらしい。
それなのにこの言われよう……ごめんなさい。

亜弓ちゃんは「はずれ」と言うけど、わたしにはどうなると「当たり」なのかが分からない。
来ていた男の子達の中には、少なくともお姉ちゃんたちからすすめられ(且つやめておけとも言われ)たタイプの人は一人もいなかったと思うけど。

そんなわたしの言葉に、亜弓ちゃんは眉間にしわをよせてきっと睨んだ。

「じゃぁ、あの中に一人でも陛下の代わりになりそうなヤツがいた?」

……そう言われちゃうと黙るしかないけど、そもそも先輩の替わりなんてこの世の中にいるはずないんだから、比べたら可哀想な気がする。

「雅也のバカが”絶対おすすめ!”とお墨付きだった”あの人”は唯一合格点だけど……あの人じゃねぇ」

亜弓ちゃんは意味ありげに視線を投げてきた。

「……うん」

そう。浅田くんがわたしのために選んでくれた”今がお買い時!超良質物件”は、なんと同じ高校の2年年上、先輩と同期の生徒会副会長、福原先輩だったのだ。

そういえば福原先輩は、派手さはないけど爽やかで整った顔立ちで、すらっと細身で頭もよくて人当たりもいいから、モテモテってわけではないけど隠れファンは多かった。
高校時代は長く付き合ってた彼女さんがいたみたいだけど、合コンに顔を出すってことはもう別れちゃったのかな?

福原先輩はいい人だけど、あまりに身近すぎて今更そういう対象でみることはできない。
それは多分、福原先輩も同じだと思う。
生徒会で一緒だったころは可愛がってくれたけど、「女の子として」というより「妹として」という感じだった。


「……まぁ、1回ですぐにいい人が見つかるとは初めっから思ってないし、今日は刈谷の合コン初体験が無事終了ってことでよしとするか」

亜弓ちゃんはそう言いながら大きく「うん」とうなずいて拳を握った。

「ところで、結構遅い時間になっちゃったけど、刈谷は家に連絡いれなくて大丈夫?」
「あ、うん。今日はうち、誰もいないの。遅くなっても大丈夫」

わたしの答えに亜弓ちゃんは目を見開らくと軽く眉を細めた。

「あら、一人で大丈夫?心配だし一緒にいてあげたいけど、今日は雅也のうちに泊まる約束しちゃったのよね」
「大丈夫だよ〜。もう子どもじゃないんだから!」
「本当に?ちゃんと鍵持ってきた?」
「もう!バカにして〜。ほら……」

亜弓ちゃんってば心配性なんだから!
鍵くらいちゃんと持ってきてます!
ほら……ほ、ら……あ、……あれ?

「……ない」
「……は?」

ゆっくりと顔を上げると亜弓ちゃんと目があった。

「……鍵、忘れちゃった」

えへっと笑ってみたら、叩かれた。

「バカ!」
「はい!」
「どうすんのよ!家入れないじゃない!」
「……うん」
「お金は?」
「うーんと……3千円くらい?」

「はぁ……」と亜弓ちゃんは呆れきった様子で溜息をついた。

「しょうがないわね。うちに来なさい」
「え、でも亜弓ちゃん、浅田くんのところに泊まるんじゃ……」
「いいわよ、それは。刈谷の方が大事」
「え、でも……それじゃ」

浅田くんに申し訳ないんじゃ……

「よくない!!」

突然の叫び声に振り返ると、その浅田くんが必死な形相で仁王立ちしていた。

「ひどいよ亜弓!俺がこの日をどれだけ待ったと思ってんだよ!自分が卒業するまで絶対ダメの一点張りで、『浮気は絶対許しません。AVもエロ本も浮気とみなします』と言われて我慢し続けたこの1年と2ヶ月!!やっとのことでお許しが出たと思ったのにこの仕打ち!亜弓は俺が好きじゃないんだ!!」
「そうね。雅也のことは好きだけど、刈谷とどっちが大事かと聞かれれば迷うことなく刈谷の方が大事よ」
「ひ……ひどい!亜弓のそれこそ浮気じゃないか!」
「あたしはちゃんと初めに宣言してたでしょ。あんたと刈谷なら刈谷を選ぶけどそれでもいいなら付き合ってもいいって。嫌ならいいわよ。別れましょ」
「嫌だ!絶対別れない!」

喧嘩をはじめた2人にどうしたものかとあたりを見渡すと、一緒に合コンに来ていた女の子2人がそっと近寄ってきた。

「ねぇ、コマ子さん。もう解散してもいいかな?あたしとこの子、あの人たちにもう1件行こうって誘われちゃって」

コマ子さんも行く?と聞かれたけれどわたしは首を横に振った。
2人は「じゃあね」と言って去っていった。

顔を亜弓ちゃんたちの方に戻すと2人はまだ言い争いを続けていた。

「じゃあ何!?あんたはこの寒空で刈谷に野宿しろっての?この鬼畜!非人間!」
「何もそんなこと言ってないだろ!誰か他の友達とか」
「こんな時間に突然泊めてくれと言われて”はいそうですか”って簡単にいくと思ってんの!?」
「じゃぁコマ子ちゃんのホテル代は俺が出すから……」
「今月金欠なんじゃなかったの?」
「うっ、いや……そうなんだけど……」

あぁ……どうしよう。わたしのせいで2人の関係にひびが入っちゃったりしたら申し訳なさ過ぎる。

「あの……わたしは自分でなんとかするから、大丈夫だよ」

「何をどうやってどうにかするのよ!」

振り返ってきっと睨み付ける亜弓ちゃんにわたしは返す言葉もなく口ごもる。その時、

「それじゃあ、俺んちに来る?」

場違いに感じるくらい穏やかな声が響いた。

声の方を振り返ったら、福原先輩がにこやかに笑って立っていた。

「俺のうちにおいでよ。コマ子ちゃんのことは俺が責任を持って預かるよ」

福原先輩は、そう言ってわたしの肩にぽんと手を置いた。

「え、いいんですか?」

わたしが上目遣いにたずねると、福原先輩はにこっと笑って「もちろん、大歓迎だよ」と請け負った。

「あ、じゃあ……」
「ちょぉっと待った−!」

わたしの返事を亜弓ちゃんが大声で遮った。

「何ぬかしてくれてるんですか?!刈谷を男の家に!?ダメに決まってるでしょうが!!」
「心配しなくても手は出さないよ」
「男の”手を出さない”ほど信用できない言葉はありません!」
「雅也は守ってるんじゃないの?その言葉を」

亜弓ちゃんは一瞬「うっ」と言葉を詰まらせたけど、すぐに調子を取り戻すと勢いよく言葉をかさねた。

「それは雅也がわたしにベタ惚れだからです!」
「わぁお。一度言われてみたいな、その台詞」
「ちゃかさないで下さい!」

「あの……」

「コマ子は黙る!」

はぅ!割り込もうとした言葉はあっけなく亜弓ちゃんに制止される。
というか、亜弓ちゃん、呼び方が昔に戻ってる。
そんなわたしたちに、福原先輩は口に手をあてて「くっ」と押し殺した笑い声をもらした。

「何笑ってるんですか!!」
「いや、ごめん。ちょっとからかいすぎたね。
亜弓ちゃん、君が何を心配してどういう事態を懸念しているのかは想像がつくけど、ありえないから。
だって、俺実家暮らしだよ?
しかも、うちには年の離れた弟妹2人に兄夫婦のところの姪っ子と甥っ子2人が一緒に暮らしてる。
部屋はあまってないから妹と姪っ子の部屋に泊まってもらうことになるけど、コマ子ちゃん、いいよね?」

突然ふられた言葉に、わたしは慌ててうなずいた。
亜弓ちゃんはまだ疑いのまなざしを福原先輩に向けていたから、わたしはあわわて
「亜弓ちゃん、本当だよ!」と言った。
福原先輩の家には、以前他の生徒会メンバーと一緒にお邪魔したことがある。
その時会ったチビちゃんたちは、みんなわたしに懐いてくれてすごく可愛かった。

「なんだ!じゃぁ、何も問題ないじゃないか。コマ子ちゃんは福原の家、亜弓は俺んち!はい決定!
そうと決まればさっさと帰ろう!!じゃぁ、福原、コマ子ちゃんのことくれぐれもよろしく!」

浅田くんは早口でまくしたてると、まだ複雑そうな顔をしている亜弓ちゃんを引っ張って早足で立ち去ってしまった。

それにしても。
亜弓ちゃんはなんでわたしが福原先輩の家に泊まることを、そんなに心配したんだろう?
もう子どもじゃないんだから、人様のおうちにご迷惑をかけるようなことなんてしないのに!





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