生徒会観察記(部外者) 「で、昨日のドタキャンの言い訳を聞かせて貰おうじゃないの」 目の前で、小さい体をさらに縮こまらせて、何故かこちらが罪悪感を感じてしまうほど申し訳なさそうにしている親友に向かって、心を鬼にして詰問した。 「……ごめんなさい。先輩が……」 「また先輩!?」 「はぅ!ご、ごめんなさい!!」 叱られた子犬――しかもチワワとかポメラニアンとか座敷犬――のように目をうるうるさせる姿に、わたしは思わずうっと息を詰める。 分かっている――悪いのはこの子じゃない。どうせ”先輩”が無理を言ったに決まっている。 でも、分かっているからこそ、この持って行き場のない怒りが蓄積されて、今やもう噴火寸前なのだ。 「わたしとは2週間前から約束してたよね?」 「……はい」 「今回は絶対に逃げずに来るって言ったよね?」 「……はい」 「当日の朝にもくどいほど確認したよね?」 「……はい」 「それでどうして待ち合わせ時間になって突然キャンセルなのかしら?しかもそのキャンセルの電話を自分でかけずに先輩にかけさせるとはどういうこと?ご大層にピンチヒッターまで用意してくれちゃって!」 「ごめんなさい!亜弓ちゃん、本当にごめんね!ちゃんと説明するから許して下さい!」 がばっと机に額をつけて懇願されてはわたしも折れるしかなかった。 「行く気がなかったんじゃないんだよ?でも、家を出たところでたまたまうちの前を通りかかった先輩に会ってね、『どこに行くんだ?』って聞かれたから『合コンです』って言ったら、『そうまでして男を捕まえたいのか、暇なヤツだな』って言われたから『亜弓ちゃんのつきあいです』って言ったら、『ただのつきあいなら俺を手伝え』って言われて……」 「それでのこのこついて行ったと?」 「ううん!亜弓ちゃんとずっと前から約束してたから無理です、ってちゃんと言ったのよ。そしたら先輩が『俺の知り合いにちょうど彼氏が欲しいと言ってる女がいる。なんならそいつに代わりに行ってもらったらどうだ?お前は特別彼氏が欲しいわけではないんだろう?それなら切実にほしがってるヤツに機会を与えてやる方がお互いのためだろう』って言われてね、そう言われてみればその通りだなーと思って」 「ほう……」 「電話も、本当はわたしが自分で直接しようと思ったんだよ?でも先輩が、『俺の用事でドタキャンさせるんだから、俺から話を通すのが筋だろう』って言うから……やっぱりわたしがした方がよかったんだよね、ごめんね」 つまりは”先輩”の口車にいいように乗せられたということか。 ムカツク。 なんなのだ、あの男は! ”皇帝陛下”と呼ばれる元生徒会長。 今はただのOB。 なのにだ。彼は今も高校時代と変わらずコマ子を自分のもののように扱う。 そしてコマ子もそれを甘んじて受け入れている。 というより、嬉々として従っている。 わたしがコマ子と出会ったのは小学4年生のとき。 いろいろあって10歳にして世の中を見限っていたわたしはコマ子に出会って世界が一転した。 のほほん、とか、ぽややん、とか、ほわほわ、とか、ふわふわ、とか……とにかくそういう言葉でしか表現の出来ないような、どこか世間ずれしたコマ子に救われた。 純粋でまっすぐ、だからこそどこか危なかっしくて、わたしは彼女を陰に日向に守ってきた。 出会った頃は容姿も中身もてんでお子様な彼女は、人気者ではあったけど男子からは恋愛対象として認知されてはいなかったから、そう大変ではなかった。 ところが中学生にもなると、コマ子の中身はこれっぽっちも成長してはいなかったにも関わらず、生来の可愛らしさが災いして、それはそれはモテだした。 コマ子はちっとも気づいてなかったけど、わたしは命をかけて彼らの魔の手から彼女を守っていたのだ。 そりゃね、いつまでもそんなんじゃダメだとは分かっていたわよ。 いつか、わたしが認める最上級のいい男に託す心づもりはできていたつもりだったわよ。 でも、なんでよりによって、あの男!? いや、別に皇帝陛下がダメ男だとは言わない。 むしろあれ以上の男はいないと思う。最上級も最上級、極上のいい男よ。それは認める。 でも、だからこそ彼ではダメなのよ! なんだってコマ子は彼に出会ってしまったんだろう。 出会うだけならよかった。なんで再会してしまったんだろう。あんな印象的な形で。 コマ子はあっという間に恋に落ちた。 それを恋ということも知らずに、夢中になってしまった。 初めての恋で、難易度Sの超強敵に捕らわれてしまった。 恋愛関係をすべてシャットアウトしてきたことが裏目に出たと、今では本気で後悔している。 「こんなこと言いたくないけど、皇帝陛下には彼女いるわよ?」 傷つけたくはないけど、わたしはオブラートに包む、ということが出来ない。 極めて直線的な言葉で真実を告げる。 コマ子は一瞬きょとんとした顔をしたかと思うと、次の瞬間にはあっけらかんと笑って見せた。 「うん、知ってる。今度の彼女さんも背が高くてすっごい綺麗だよね」 あーー、もう!! なんで、そんな平気そうな顔で言うのよ! 本当は心で泣いてるくせに! 皇帝陛下の彼女はころころ変わる。 大学に入ってからは見かけるたびに違う女を連れている気がする。 しかも、どれもこれもみんな大人っぽくて背が高くて胸がでかい……ようはコマ子とは正反対のいかにも女王様然としている女ばかり。 皇帝陛下ともあろう人がコマ子の気持ちに気づいていないはずがない。 あの男は気づいている、絶対に。 それなのに、彼はコマ子の気持ちに応えない。 さらには、コマ子を振ってくれさえしない。 付き合えないのなら振ればいいのに。 突き放してくれればいいのに。 コマ子はあれで頭はいいのだ。 はっきり振ってくれれば、しつこく付きまとったりなんかしない。 ようは自己中心的なのだ、あの男は。 多分、皇帝陛下にとってコマ子は初めて出会った種類の人間なのだろう。 唯我独尊、冷酷無慈悲、完璧主義――ゆえに孤高の人。 そんな彼にとって初めてだったのだ。 無償の好意を与えてくれる人は。 顔を見せるだけでちぎれんばかりに尻尾をふってじゃれついてくる子犬。 頭をなでるだけでごろごろと喉を鳴らす子猫。 可愛くないはずがない。 コマ子の愛は、想像できないくらい心地がよいのだ。 わたし自身がそうだったからよく分かる。 だから彼も手放させなくなってしまったのだと思う。 なついた子犬は野良犬だって可愛い。 自分では飼えなくても、よその人間にとられるのは我慢ならない。 きっとそういうことなんだと思う。 認めない。 そんな自分勝手は独占欲、絶対に認めない。 たとえコマ子がどんなに彼を好きであろうとも、コマ子が彼を想う以上にコマ子を愛してくれる人でなければわたしは絶対に認めない。 「亜弓ちゃん?」 不思議そうに呼びかけるコマ子の声に、わたしは我に返るとにっと意味ありげに微笑んだ。 「来週、リベンジするから今度こそ空けておいてね?」 ぱちくりと2度ほどまばたきをすると、コマ子は困ったように笑った。 おそらく、皇帝陛下は来週も邪魔してくるのだろう。 のぞむところだ。受けて立つ! コマ子が欲しければ本気で来い!それを思い知らせてやる! たとえどんなに時間がかかっても、いつか彼をコマ子の前に跪かせてやるんだから、覚悟しろよ! 目次:前 :次 |