裏生徒会記録(書記)


「そっかぁ。じゃあ、刈谷さんは会長とは入学前から知り合いだったんだ」

一見すると鬼瓦のような顔をした無駄に体格のよい新人雑用は、それはもう分かりやすいくらいにだらけきった顔で目の前のコマ子さんに相づちを打っている。

でれでれ――こいつを一言で表すならこの言葉しかない。

対するコマ子さんは、これまたもう嬉しそうに顔をほころばせてにっこにっこと皇帝陛下との邂逅逸話の続きを話し始めた。

ほわほわ――彼女を一言で表すならこの言葉が多分一番しっくりくる。


どうでもいいけどお2人さん……さっきから背後に感じる突き刺さるような冷たい空気を感じ取ってくれ。
……いや、コマ子さんは仕方ない。この子の激ニブは今に始まったことじゃない。
というか、このニブさがなければこの小柄で華奢でよわっちい1年生の女の子が、ブリザードの吹き荒ぶ生徒会室に何事もない顔で座っていられるはずがない。
だが、この外見鬼瓦、内面子犬のバカ雑用は別だ!
お前は気付け、この空気!
俺をはじめ、他の生徒会メンバーは無関係にも関わらず、ものすごいプレッシャーを背中に感じながら作業をしているんだぞ!なぜ、張本人のお前がそうも呑気に楽しくおしゃべりが出来るんだ!?


「でね、そのとき先輩がわたしを『お前は小間使いのコマ子だな』って呼んだの。それがいつの間にか定着しちゃって、今では先生までわたしのことを『コマ子さん』なんて呼んでるんだよ!いやじゃないけど、ちょっと照れくさいよね、て……雄平くん?聞いてる?」


コマ子さんがずいっと身を乗り出して、バカ犬の目の前に顔を近寄らせた。


さ、寒い!!寒いです、隊長!(誰だ、隊長って……)
今、空気が一層寒くなりました!
バカ、犬!お前、なにコマ子さんに見とれてるんだ!早く気づけ!

あぁ!コマ子さんが何を思ったのか指を伸ばして犬の額に……

「えい!」
「うわっ!」

情けない声を出した犬に、コマ子さんは悪戯が成功した子どものような顔でにっと笑った。

「眉間にしわ!雄平くんまた恐い顔してる。ダメだよ。雄平くんは本当は優しいのに、そんな顔してるから誤解されちゃうんだよ。笑う門には福来たる!スマイル、スマイル!」


い、痛い!今度は痛いです、将軍!
寒いを通り越して痛みを感じました!”刺すような”じゃありません、刺さってますよ、視線が、もう!
だーかーらー、大バカ犬!お前、笑ってる場合じゃねえっての!


「ありがとう、刈谷さん」
「うーん、雄平くんも『コマ子』でいいよ?」
「えぇ!」
「わたしだって雄平くんのことは雄平くんって呼んでるんだし、そもそもわたしのこと『刈谷さん』なんて呼んでるの雄平くんくらいだよ?」
「い、いや、そんな滅相もない!」
「あ、呼びたくないなら無理にとは言わないけど。
でも、なんとなく”刈谷さん”よりは”コマ子”の方が仲良しっぽくない?
せっかくこうして同じ1年生で生徒会で一緒に頑張ってるんだもん。どうせなら仲良くしたいじゃない?」

バカ犬の顔が赤く染まると同時に俺らの顔は青くなった。

「あ、あー、あの、じゃぁ、呼ぼう…かな」

早まるな犬!お前、今死亡フラグが立ってるぞ!!

「うん、呼んで呼んで!」
「あ、う、うん、えっと……こ、こま、コマ、子さ」

「おい!」

隣から切羽詰まった声が飛んだ。
副会長の福原先輩だ。
その声を合図に俺を含め、生徒会室のあちらこちらからバカをたしなめる声が飛ぶ。

「ポチ」「ハチ」「ゴン太」「コロ」

そういえば、こいつのあだ名って元々はなんだったっけ?
みんな好き勝手に呼んでるから本名も忘れかけている。


「えっと、あの、せめてあだ名は統一して下さい」

情けない訴えに、俺の背後で低い声が響いた。


「イヌ」
「あぁ、よりにもよって一番屈辱的なものに!」

うーーわーーーーー!バカ!アホ!マヌケ!お前、今の誰の発言だか分かって文句言ってるのか!?

「ほぅ……『屈辱的』、ねぇ……」

ひぃ!

知りません。俺は生徒会室の備品です。
このバカ犬とは一切関係ありません。
犬……助け船は出してやれないが骨くらいは拾ってやる。頑張れ。

俺は下を向いて作業に没頭しているフリをした。


「『イヌ』が嫌なら何がいい?下僕か?奴隷か?役立たずか?くずか?能なしか?」

「いいいいいえ!イヌでいいです!いえ、イヌと呼んで下さい!」

がたん!
という椅子を引く音が生徒会室に響き渡る。

「随分と楽しそうだなぁ、イヌ」
「はい!」
「今日は何曜日だ?」
「に、日曜です!」
「そうだ、日曜の朝っぱらから本来ならばやらなくてもいい仕事を生徒会メンバー全員総出でやらなくてはならないのは一体どこのバカの失態のせいだったかな」
「わ、わたくしめのせいでございます!」
「そのお前が、さっきから手も動かさずに呑気におしゃべりに高じているとはいいご身分だなぁ」
「もももももうしわけありません!」
「謝っている時間があるならそんなところでバカみたいに突っ立ってないでさっさと座れ!」
「はい!」
「お前が目にしていいのはその目の前に山積みになってる資料だけだ」
「はい!」
「お前がしゃべっていいのは俺への返事だけだ」
「はい!」
「分かったらさっさと作業に入れ」
「はい」

そっと目だけ上げて様子をうかがってみると、顔面蒼白な犬が生気を失った顔で資料に目を走らせている。
背後の気配を探ると、皇帝陛下はもう興味をなくしたのか、空気は通常レベルの冷気に戻っていた。

よかった、なんとかとばっちりを食うのは免れた。

俺がほっと息をついたそのとき、俺の横から細い腕が目の前をかすめていった。
視線で追うと、その手はバカ犬の目の前の資料を半分ほど持ち上げていた。

こ、こ、コマ子さん!!
あなた、何をしようとしているの!?

「ごめんね、雄平くん。わたしがしゃべりかけたせいで……。半分はわたしのせいだから、半分手伝うね」

わ〜ぁ〜お!
THE☆空気読まない!
君の優しさは正しい!正しいけど、それはダメだ!犬の寿命を逆に減らしている!

ぴしっ!

はい。今、ここ生徒会室の気温は氷点下を突破しました!
さすがの犬もこの空気には気づいたみたいで、死人のように表情を固まらせている。


「コマ」

威圧感の主が放った鋭い声に、呼ばれた本人は相変わらずのほほんとした様子で振り返る。

「なんですか?」

いや、なんですか、じゃないし。この子、本当に見かけによらず大物すぎるから!

「それは戻してこっちへ来い」

コマ子さんは手元の資料に一旦目を落とすと、犬にそっと「ごめんね」という視線をよこして資料を山に戻した。
そして、ちょこちょこ、という音でも聞こえそうな足取りで皇帝陛下のもとへ小走りで駆け寄った。

「お前は誰の小間使いだ?」
「御門先輩の小間使いです」
「そうだ、”俺の”小間使いだ。”生徒会の”小間使いではない」
「はい」
「お前は俺の命令だけ聞いていればいい」
「はい」
「俺が命令していないことはしなくていい」
「はい」
「分かったらそこの本棚を整理しろ」
「え?」
「なんだ?」
「いえ……だって、それは急がないから時間があるときでいいってこの前先輩言ってませんでしたか?
こっちの資料は明日までに終わらせないといけないんでしょ?それならわたしもそっちを手伝った方が……」
「コマ子」
「はい」
「俺には俺の考えがある。あれはお前が手伝う必要はない。お前は本を整理するんだ。いいな?」
「はい」

その時、空気が一瞬で春風に変わった。
横から福原先輩が口に手を当てて笑いをこらえている気配がした。



まったく……。本当に人騒がせな人たちだ。
この皇帝陛下と小間使いのコマ子さんという人は。

完全無欠の完璧人間、皇帝陛下。
完璧ゆえに孤独な人。
心を開ける人も、心を開いてくれる人もいなかった。
そこに、突然天変地異のように現れたのがコマ子さんだった。

「御門先輩」

彼女は誰もが恐れて口にしない名前をいとも簡単に呼んでしまう。

「なんだ」

彼は彼でそれをいとも簡単に許してしまう。

彼女は彼のそばにいたくて、
彼は彼女をそばに置きたくて。

恋なんだろうか、この2人の気持ちは……?
コマ子さんはそうかもしれない。
でも、皇帝陛下は懐いた子犬を手放したくないだけのようにも見える。
どうでもいいけど周りを巻き込むのだけは勘弁して欲しい。




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