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 【3章 ジュリエットの気持ち】


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 本番前日、最後の舞台練習の時間が近づいていた。

 「そろそろ行きます」という担任の声で、衣装を身につけたキャスト班を先頭に、体育館に向かって歩き出した。
 わたしも、歩くとさらさらと衣擦れの音をたてるロングスカートに、背中で一つに結い上げた三つ編みのつけ毛という出で立ちでその列に加わった。

 本番までに仕上がるか心配だったジュリエットの衣装は、衣装班が頑張っただけあって、派手すぎないのに存在感のある美しさに仕上がっていた。
(着ているわたしがもうちょっと美人だったらもっと映えたんだろうけど、それだけはどうしようもない)
 愛用のめがねはさすがにジュリエットの衣装にあわないから置いてきた。
 ちょっと視界がぼけるけど、元々そこまで視力が悪い訳ではないから、劇をやるだけなら特に問題はなさそうだ。
 
 昨日の夜、わたしは金村さんに電話をかけて、導き出した解釈を聞いてもらった。
 電話の向こうで、金村さんが息を飲むのが分かった。
 そして、その解釈にあわせて台本を一部変えて、最後に台詞を1つ加えてもいいかと頼むと、快く承諾してくれた。
 金村さんが、変更事項を他のメンバーにも伝えた方がいいかと聞いてきたから、照明と音響の人にだけ伝えてくれと頼んだ。
「原田には、わたしが直接言う」
 そう言うと、金村さんは「頑張って」と激励の言葉を贈って電話を切った。

 体育館前に着いた。
 ちょっと時間が早すぎたのか、中ではまだ2組が練習している。
 原田はいつも通り、複数の男子に囲まれていた。
 できれば周りに誰もいない方が話しやすいけど、そんな贅沢は言ってられない。
 どうしようかと、落ち着き無くあたりを見まわすと、そんなわたしを心配そうに見守っていた金村さんが自分の胸を叩いてみせた。そして、原田たちの方へつかつかと近寄ると、彼らに何やら話しかけた。
 ちょっとしたやりとりの後、金村さんは周りの男子を引き連れて、大道具の方へ歩いて行き、原田は一人取り残された。
 今を逃しては、もう話しかける機会はない。
 わたしは目をつぶると大きく深呼吸をした。

「つくよん?」

 手持ちぶさたに衣装の襟をいじくっていた美砂がわたしの様子に気付いて声をかけた。わたしはゆっくり目を開けると、「よし」気合いをこめ、美砂に向かって強くうなずいた。

「仲直りは無理かもしれない。でも、頑張ってくる」

 美砂は、一瞬何を言われたのか分からなそうな顔をしたけど、わたしが視線で原田を示すと「ああ」と言って、ぎゅっとわたしの手を握ってうなずき返してくれた。
 美砂の手のひらから伝わる体温に勇気をもらって、わたしは原田の背中に向かって一歩足を踏み出した。

 あの日の放課後に負けないくらい、心臓がばくばくいっている。
 それでも、わたしは顔を上げて歩いた。
 一度下にやってしまうともう二度と挙げられないような気がするから。

 逃げない。そう決めた。
 最後まで、わたしはちゃんと原田を見る。

 わたしはそっと手を伸ばして原田のマントを軽く引っ張った。
 さっき傍にいた男子の一人だとでも思ったのだろうか、原田は「なんだよ」とあの口を右端だけ上げる笑い方で振り返った。
 原田の表情が、笑顔から驚愕に変わる。
 ここからが勝負。
 わたしと原田の。そして、わたし自身との。


「ラストシーン、一部変更になったの」

 わたしはたんたんと語った。

「それを説明する前に聞いて欲しいことがある」

 原田はまだ驚いた顔をしている。

「わたしが考えた、ジュリエットの気持ち。なんでジュリエットはロミオを憎んだのか」

 まっすぐ目を見て話すわたしに、原田は困惑の表情を見せると身体を引きかけた。
 わたしはマントを握る手に力を入れた。

「わたしはジュリエットを誤解していた。一番根底の部分を間違って考えてた。
ジュリエットがロミオを憎んだのは、ロミオのことが嫌いだったからじゃない」

 わたしは、激しい鼓動を落ち着かせるように、ゆっくり息を吐いた。

「ジュリエットは、ロミオが好きだった。
だから憎んだ」

 困惑、驚き、そしてまた困惑――。
 原田の感情の変化が手に取るように分かった。