小説TOP 前 次

 【3章 ジュリエットの気持ち】


 6-(2)



 わたしが導き出した解釈はこうだ。



 舞踏会で出会った時、ジュリエットはロミオに笑いかけている。
 きっと一目見て好感を抱いたから。
 でも、ロミオはジュリエットを睨みつける。
 ティボルトに愛されているジュリエットを憎んでいたから。

 そんなことを知らないジュリエットは、訳が分からず『失礼だ』と憤慨する。
 そしてロミオと正反対に自分に優しく接してくれたマキューシオを婚約者の『ロミオ様』だと勘違いして婚約発表してしまう。
 ジュリエットはすぐに勘違いに気付くけれど、話は二人をよそに進められてしまう。
 その夜、ジュリエットはバルコニーで一人嘆くことになる。

 わたしは今まで、ジュリエットはこの時すでにロミオを憎んでいたんだと思ってた。
 でも、違う。

『あの人と結婚なんてあんまりだわ。わたしはなんて不幸なの』

 あれは、『可哀想な自分』に酔っていただけ。
 心の底から嫌がってた訳ではない。ただの一人芝居。
 そう、鏡の前で、悲劇のヒロインを演じることに酔っていたわたしと同じ。

 別にジュリエットはロミオと結婚してもよかったのだ。
 マキューシオに一目惚れはしたけど、ダメならロミオでも。
 だけど、ロミオに睨まれしまったからちょっとすねていたのだ。
 だから、それをロミオに聞かれてジュリエットは恥ずかしくなった。
 しかもロミオはその言葉を鵜呑みにして、嫌悪をあらわにする。
 勝ち気で負けず嫌い、そしてプライドが高いジュリエットは、売り言葉に買い言葉でつい暴言を吐いてしまう。
 そして、ロミオが立ち去り際に残した言葉で、決定的に嫌われたと思ったジュリエットは悔しさを紛らわすためにこうつぶやいたのだ。

 『あなたなんか大嫌い』と。


 『好き』と『嫌い』は表裏一体、なんて言葉がある。
 『好き』と『嫌い』は、遠いようで、多分一番近い感情なのだ。
 「大嫌い」と口にした瞬間から、ジュリエットはロミオを激しく意識して、そして好きになっていたのだ。

 結婚の日取りが近づいてもロミオは相変わらず冷たいまま……。
 こんな状態で結婚なんて出来ない。
 そう思ったジュリエットはティボルトに相談する。
 ティボルトはロミオと親しいし、ジュリエットに好意を抱いているからロミオに上手く働きかけてくれると思ってのことだった。

 しかし、ことはジュリエットの思ったようには運ばなかった。
 ティボルトはジュリエットが自分で思っている以上にジュリエットのことを愛していたのだ。
 ジュリエットを泣かせるロミオには彼女をまかせられないとロミオに決闘を申し込む。
 しかし、ロミオは応じなかった。
 そこで代わりにマキューシオが闘い、そのマキューシオに刺されそうになったティボルトをロミオが庇い、そのせいでマキューシオは命を落とす。

 決闘の様子、ティボルトの追放、そのせいで落ち込むロミオ――。
 それらのことを伝え聞いたジュリエットは、なぜ自分がロミオに嫌われていたのかその真相を察する。

 ロミオがティボルトを愛し、ティボルトがジュリエットを愛することをやめないかぎりロミオは一生自分を憎む。
 この時、ジュリエットの愛は憎しみに変わった。

 ジュリエットは望みを叶えるため仮死薬を飲んで死を装い、二人が自分の墓の前で鉢合わせするよう仕向ける。
 ジュリエットの思惑通り、二人は墓場で対面する。
 ロミオを恨むティボルトが取る行動をジュリエットは読んでいた。

 ティボルトが死ぬか、ロミオが死ぬか――。

 もしロミオが死ねば、自分も後を追って死のう。
 もしティボルトが死んだら、ロミオに自分を殺してもらおう、そう考えた。


 ジュリエットの望みはロミオを殺すことじゃなかった。
 自分が死ぬことにあった。
 だから目覚めたジュリエットはロミオが生き残ったと知り、わざとロミオを怒らせるようなことを言った。
 怒りを煽るために、『嫌い』だと連呼した。

 すべて、自分を殺してもらうために。

 だけど、ロミオはジュリエットを殺そうとはしなかった。
 反対に自分を殺せと言って自分の短剣をジュリエットに差し出した。

『そんなに嫌いなら、俺を殺せ。どうせ生きていたってもうティボルトはいない。お前と結婚させられるだけだ』
『わたくしと結婚するくらいなら死ぬと言うの?……ええ、そうね、わたくしだってそうよ。あなたと結婚するくらいなら死んだ方がましよ!』
『だから、俺を殺せと言っている』
『殺してわたくしに生きろと言うの?あなたを殺した罪の意識を感じながら一生苦しんで生きろと言うの?』
『罪の意識なんて感じる必要はないだろう。お前は俺が嫌いなんだろ。嫌いな人間を殺してなぜ苦しむ?』
『……あなたは、わたくしを殺しても苦しまないと言うのね。わたくしが嫌いだから』

 ロミオはジュリエットを殺そうとしない。
 たとえ殺したところで苦しみすら感じない。
 それほどまでに自分が嫌いなのだと悟ったジュリエットは、ロミオから短剣を奪い、それを自分の胸にむける。

『何をするつもりだ!』
『……もうすぐロレンス神父がここへ来るわ。わたくしが呼んだの。
死んでいるわたくしと、そのすぐ傍にいるあなたを見たら、彼はどう思うかしらね。
しかも、近くにはティボルトの死体まである。
どう言い逃れようと、あなたは罪から逃れられない』
『なぜ……、なぜそこまで俺を追いつめる!なぜそんなに俺を憎むんだ。俺をそこまで嫌う理由はなんだ』

 ジュリエットがどんな気持ちでこの言葉を聞いていたのか思うと、胸が痛くなる。

『嫌いだから嫌いなのよ。理由はそれだけで十分だわ』

 嫌いだから――。この台詞の本当の意味は
『あなたがわたくしを嫌いだから』。

 独りよがりな言い分だ。
 ジュリエットは自分のことしか考えていない。
 ロミオの気持ちなんかこれっぽっちも考えずに勝手に被害者のつもりになっていた。
 もしジュリエットが少しでも歩み寄る努力をしていたら現状は変えられたかもしれないのに。

 死のうとするジュリエットと止めようとするロミオが剣を奪い合ううちに、勢いあまってジュリエットはロミオの胸を刺してしまう。

 ここから先、台本ではロレンス神父の声を聞いたジュリエットは、自分の犯した罪の重さから逃れようと憎々しげにロミオの名前を呼んで自分の腹部に剣を突き刺す。
 そして、ジュリエットはロミオに折り重なるように息絶える――となっていた。

 でも、わたしの導き出した結末は違う。
 ジュリエットはロミオを好きだった。
 報われない恋に苦しんだ。
 そんなジュリエットがとった行動――。

 ジュリエットは、自分を呼ぶロレンス神父の声を無視してロミオに近寄る。
 そして、ロミオが死んでいることを確かめると力無く剣を取り落とす。
 ジュリエットは冷たくなっていくロミオの手を取ってつぶやくのだ。


『ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの』


小説TOP 前 次