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 【3章 ジュリエットの気持ち】


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 わたしは慌てて飛び起きると、机の近くまで飛んでいた台本を拾い上げた。
 そして、ベッドの上に正座すると何かにとりつかれたかのようにページをめくった。

 舞踏会で出会った二人。
 ロミオに笑いかけるジュリエット。
 ジュリエットを睨みつけるロミオ。

『失礼な人ね』

 ロミオとは反対に優しく接してくれたマキューシオに惹かれるジュリエット。
 そんなジュリエットを軽蔑の目で見るロミオ。

『嘘よ、あの人がロミオだなんて!』
『俺とジュリエットが結婚?馬鹿な!』

 そして、バルコニーで一人愚痴をこぼすジュリエット。
 それを聞いて怒りを覚え嫌みを言うロミオ。
 言い返すジュリエット。
 立ち去るロミオ。
 その背中に向かってつぶやくジュリエット。

『大嫌い…あなたなんか大っ嫌いよ』


 そうか……もしかして。
 わたしははやる気持ちを抑えながらさらにページをめくった。

『ああ、ティボルト。あなたは優しいのね。それに引き替えロミオは……。あの人はわたくしを愛していない。ううん、憎んでいるの。あの人との婚約は間違っていたのかしら?』
『あなたが嫌いよ。この世で、誰よりも、一番……大嫌い』
『嫌いだから嫌いなのよ!理由なんてそれだけで十分だわ』


 今までに起こった様々なこと、生まれた感情、言われた言葉……いろんなものが頭の中を一気に駆けめぐった。

 小5の時触れた原田の優しさ。
 小6のあの日の衝撃。
 自分に言い聞かせた絶望の日々。
 くじを引き当てた時の逃げ出したいような衝動。
 鏡の前で演じた醜いわたし。
 みじめだったあの日の放課後。
 美砂にした八つ当たり。
 そして、金村さんと神くんに言われた、言葉。

 ……分かってしまった。ジュリエットの気持ち。

 わたしはとんでもない思い違いをしていた。
 劇のメッセージ性そのものをくつがえしてしまう突飛な解釈だと思う。
 でも……、これならすべてに説明がつく。

 なんて悲しい人なんだろう、ジュリエットは。
 愚かで、過激で、思い込みが激しくて、負けず嫌いで、利己的――。
 でも、誰よりも一途だった。

 たしかにこれは悲劇だ。
 素直になれないその性格のせいで、自分で可能性をつぶしてしまった女性の悲しい物語だ。
 ジュリエットには他の道もあったはずだ。
 だけど自分が可愛くて、相手に真っ正面から当たって砕けることができなかった。
 みじめな思いをしたくなくて、無様で醜い方法に出た。
 ……わたしと一緒。何もかも、わたしと一緒だ。

『原田くんは、田中さんが思ってるほど田中さんのこと嫌いじゃないと思う』
『陽介も知ってるよ。田中さんがいいヤツだってこと』

 わずかな可能性……。
 わたしはまだ間に合うかもしれない。

 ジュリエット、あなたが本当に望んだのはあんな結末ではなかったんだよね。

 わたしは、ジュリエットの二の舞になってはいけない。
 わたしは、今度こそ逃げない。
 だから原田……、


 あなたも、逃げないで。