小説TOP 前 次

 【3章 ジュリエットの気持ち】


 3-(2)



 放課後、わたしは美砂と並んで2年校舎の階段を上っていた。
 部活の方も大詰めだ。のんびりしている暇はない。
 それなのに、クラスの打ち合わせが長引いてしまった。
 クラスも大事だけど、わたしにとって部活だって同じくらい(いや、もしかしてそれ以上に)大事なのだ。急いで準備をして練習を始めなくては。

 いつも以上に速い歩調で歩くわたしの後ろを、美砂が途中で合流した皆子となにやら忙しなくしゃべっていたが、わたしの耳にはまったく入っていなかった。


 部室のドアを開けると、後輩たちが数人、楽器ケースを持った体勢のまま寄り集まってしゃべっていた。
 本番まで日がないと言うのに、何をやってるんだか。わたしはちょっとムカッとして、
「ほら、遊んでないで練習!」と声をかけた。
思った以上にキツイ口調だったようで、後輩たちはわたしの声に一斉に振り返ると、慌てて楽器ケースを抱えると「すみませんでした!」と叫んで駆け足で出て行った。

「まったく……」

 小声で悪態をつくと、美砂が「つくよん、気合い入ってるねえ」と呑気な声で言った。
 美砂の言葉は無視して、楽器ケースに手を伸ばした。
 その瞬間、何かに蹴躓いて身体がよろけた。
 慌てて体勢を整え、下を見ると誰かが出しっぱなしにしていた譜面台だった。

「もう、誰よ!譜面台はちゃんと片づけろっていつも言ってるのに」
 拾い上げて見てみると、「Hr」の文字が。ホルンパートのものだ。
 わたしはむすっとしたまま、ホルンパートのロッカーに、それを乱暴に投げ込んだ。
 鼻息荒く戻ろうとすると、美砂と皆子が顔を見合わせているのが目に入った。

「何?」
 わたしのとげとげしい口調に、美砂はおずおずといった様子で言った。
「つくよーん。どうしたの?何をそんなにいらいらしてんの?」
「別に」
 わたしは楽器ケースに再び手を伸ばした。
「別にってことないっしょ。さっきからずっといらいらしてるよ。舞台練習だって上手くいったのにさ。最後のシーンだってよかったよ。あの人との息もぴったりだったし」
「うるさいな!何でもないって言ってるでしょ!」

 そんなつもりはなかったのに、わたしは怒鳴っていた。
 わたしの大声に、美砂は少しひるんだけど、すぐに怒鳴り返してきた。

「何でもないんだったらなんで怒るのよ!」

 言い返さないでよ、いらいらする……。

「美砂がうるさいからじゃん!ほっといてよ、どうせ美砂には分からないんだから!」

 もう放っておいて。わたしに構わないで。
 どんどん投げやりな言い方になっていく。

「……どういう意味?」

 美砂のトーンが落ちた。
 美砂がこんな声を出すのは珍しい。本気で怒っている時だ。
 でも、わたしは引くことが出来なかった。

「いつもおちゃらけて、本気で悩んだり、不安になったりしたことがない美砂には、わたしの気持ちなんか分かりっこないって言ってるの」

「……何それ。つくよんはあたしのことそんな風に思ってたんだ。あたしだって、悩むことくらいあるよ。馬鹿にしないでよ」

 美砂の真剣なまなざしを、わたしはふっと鼻で笑った。

「ああ、そうだったね。誰それ君のことが好きなんだけど、どうしようとか、そういうことでしょ?」

 皆子が息を飲むのが分かった。
 自分で自分をヤなヤツだな、と思う。でも、止めることが出来なかった。
 美砂はしばらく何も言わずに無表情で立っていた。

「……分かった。もういいよ。もう何も言わない」

 美砂はそう言うと、手早く楽器を取り出して、わたしの方を見ようともせず黙って出ていった。