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【3章 ジュリエットの気持ち】 ついに舞台練習の日がやってきた。 『生きていたのか?』 はじめての読み合わせだと言うのに、つまることも台詞が重なることもなく、スムーズに話は進んでいった。 * あっという間の45分だった。 小道具の子の荷物を手伝いながら体育館をあとにした。 帰る途中、客席や舞台袖で見ていた子たちがしきりに声をかけてきた。 「月夜ちゃん、すごかったね、ラストシーン! 『嫌いだから』ってところで、わたし鳥肌が立っちゃったよ」 「うんうん。声を荒らげてる訳じゃないのに、胸にこうずしっと響いてきた。 ジュリエットって、本気でロミオのこと憎んでるんだなってのがすごく伝わってきたよ」 みんな、興奮した様子で次から次へと感想を言っていく。 「月夜ちゃんって本当に演技上手だよねえ」 誰かがしみじみとそう言った。 ……本当のことを言うと、演技なんて何一つしていない。 あのシーン、わたしはまったく感情を入れていないのだ。 考えたり、感情を入れようとすると、あの日のことを思い出して逃げ出したくなる。 国語の時間に暗唱させられた『竹取物語』の冒頭部や、『平家物語』の「祇園精舎」と一緒だ。何も考えずに、覚えたことをたんたんと言っているだけ。 ジュリエットの気持ちなんか、まったく考えてない。 それなのに、みんなはそんなわたしのジュリエットのことを褒める。 なんにも考えていないわたしのことを名女優だとはやしたてる。 誰も分かってなんかくれない。 わたしがジュリエットの気持ちを考えないのと一緒。 みんなもわたしの気持ちなんか考えようともしないんだ。 にこやかに愛想を振りまきながら、心の中はどす黒いもので満たされようとしていた。 |