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 【3章 ジュリエットの気持ち】


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 それは昨日の昼休みのことだった。
 続木さんによって手の内をすべて公にされてしまった2組が、ある作戦に出たのだ。

 いつものように、美砂と並んでお弁当を食べていたら、2組の教室で「きゃー」という女子の黄色い声と、男子のはやし立てるような声が聞こえてきた。
 何事かと思っているとその声がだんだん近づいてくる。
 廊下側の窓を開けて身を乗り出してみると、うちのクラスと2組の間あたりに人だかりが出来上がっていた。何だろうと美砂と2人で首をひねっていると、その集団の中から数人が抜け出てこちらに近づいてきた。

 その人を見て、わたしはまぬけにも口をあんぐりと開けて絶句した。

「田中さーん。どうこのカッコ。可愛い?」

 神くんが、どこの花嫁さんですか?というような純白ドレス姿でやって来たのだ。

 髪はやわらかそうな金髪ウェーブのかつら。
 全体的にピンク系の化粧品を使ったばっちりメイク。
 笑うといつもの2割り増しで可愛い。
 ノリノリどころの話じゃない。

「何そのカッコ。もしかしてジュリエット?」
 美砂の問いかけに神くんは大きく胸を張ってみせる。
 昔、映画でジュリエットを演じた女優(たしかオリビア……なんとか)の影響か、ジュリエットと言うと黒髪ストレートのイメージがあるけど、神くんのジュリエットは生まれながらの美少女顔にあわせてフランス人形仕立てにしたようだ。

「すごいっしょ。全部手作りだぜ。サイズもぴったり」

 神くんはくるりとまわって見せた。
 スカートがふわりと広がる。背景に花や点描が散っているのが見えた気がしたのはわたしだけだろうか。犯罪的な可愛さだ。

「にしても、何この胸。つめすぎ」
 美砂が、不自然に膨らんだ胸をつつくと、神くんはわざとらしく胸を庇って見せた。
「いやん、えっち」
 その格好で「いやん」て……。
 腐っても神くんだ。キャラ台無し。

 呆れて苦笑いをしていると、それまで一歩引いたところで神くんを見守っていた人が近寄ってきた。

「こら。この格好をしている時はジュリエットなんだから、仕草と言葉遣いには気をつけないとダメじゃないか」

 誰だろう。わたしと美砂は顔を見合わせた。

「やあ、田中さん、那須さん」
 全体的に黒っぽい衣装に身を包んだその人はふっと笑ってウインクをして見せた。
「え、あ……もしかして、澪さん?」

 驚いた。
 普段おろしているまっすぐストレートの長い髪をオールバックに一つにまとめて、胸はさらしをまいているようだ。

「すごーい。澪さんカッコいい〜」
 美砂がうっとりした表情でそう言うと、澪さんは美砂の手をさっととり、
「お褒めにあずかり光栄です」と言ってその手にくちづけした。

 うっわあ。

 男がやると鳥肌ものの台詞と仕草だけど、澪さんがやると妙にはまってる。
 2組から一緒についてきていた子たちと、野次馬していたうちのクラスから黄色い声が飛ぶ。
 澪さんは普段から大人っぽくてクールな感じの人だけど、それはあくまで女性的な格好よさだった。でも、今の澪さんはまったく女くささがなくて、本物の男の人みたいだ。

「じゃあ、ジュリエット。次は2組と4組の方へ行こうか」

 澪さんが右手を差し出すと、神くんはこくりとうなずいてその手に腕を絡めた。

「それでは、みなさん、2組の『ロミオとジュリエット』どうぞよろしく」

 手を振って去って行く二人は、どこからどう見ても、似合いの美男美女カップルだった。