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 【3章 ジュリエットの気持ち】


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 気付いてみれば、劇本番までもう1週間をきっていた。
 ちょっと前に美砂と「あと2ヶ月ある」なんて話していたような気がするのに。

 今日は本番前最後の土曜日。
 クラスの練習はないけど、朝早くから部活の練習が入っていたからちょっと寝不足。
 午前中の練習を終えて、美砂と皆子とりえちゃんの3人と、1年4組の教室でお弁当を食べた。吹奏楽部は普段、2年校舎を使っているのだけど、学祭期間中、2年校舎はクラス展示でごちゃごちゃしているから、今は1年校舎で練習している。

 わたしは元々小食な上、あんまり食欲がなかったからみんなよりも早く食べ終わってしまった。

 美砂はこの2ヶ月で左手食べをすっかりマスターして、ご飯をこぼすことなく器用に口に運んでいく。
 今年6回目(いや、7回…8回目?)の癇癪を起こしたりえちゃんも、今はすっかり落ち着いて毎日楽しそうに部活に通っている。
 あと数日で引退ということもあり、後輩もりえちゃんも遠慮し合ってるみたいだ。
 いがみあってるより、譲歩した方が双方にとっていいと言うことに、ここに来てようやく気付いたらしい。人騒がせなんだから、まったく。

 人が食べているところをぼうっと見ているのは、そう楽しいものではないから、わたしは窓際へ椅子を引っ張って行って、窓の外を眺めることにした。

 うちの学校は、1年校舎と3年校舎が向かい合い、2年校舎がその間に挟まる、いわゆる「コの字型」をしている。3階にあるこの教室の窓からは中庭が見渡せるようになっている。
 休日だって言うのに、忙しそうに動き回る人の姿がちらほら見えた。

「みんな頑張るねえ……」

 独り言のつもりでつぶやいた言葉を、耳ざとく聞きつけた美砂がぶはっと吹き出した。

「つくよんってば、何たそがれてんの〜」
 きゃははと笑う声が後ろから聞こえる。
「別に〜」
 わたしは、振り向かずに生返事をした。


「なんか、つくよん最近やさぐれてない?」
 皆子がわざと声をひそめて言った。
「そうなの。5日くらい前から。理由聞いても教えてくれないし」
 美砂も皆子にあわせるように、ひそひそと言う。
「恋煩いですかね?」
 りえちゃんまで、面白そうに加わる。
「何!とうとうつくよんにも春ですか!」
「さては、誰かに告られたとか!ちょっと誰なのー?」

 もう9月。
 すっかり秋らしく、少し肌寒くなりつつあるはずの教室が、3人の熱気で2、3度上昇したような気がする。
 美砂たちは、この年齢の女の子らしく、その手の話が大好きだ。
 下手に否定したところで、「むきになってあやしい」とはしゃぐに決まってる。
 でも、このまま何も言わないと3人の妄想が一人歩きして面倒なことになるのは間違いない。
 わたしは首だけ振り返った。

「残念ながら、そのような事実はありません。ただテンションが上がらないだけです」
 美砂たちはしつこく「どうかなあ」「あやしい」などと勘ぐってきたけど、無視して窓の外に顔を戻した。

 やる気がしない。
 なんか、もう何もかもどうでもいい気分。
 何も考えたくない。劇のことも、過去のことも、原田のことも……。
 5日前に戻れればな……。

 わたしはバカだ、大バカだ。

 窓の桟に頬杖をついてゆっくりと息を吐いた。
 わたしの様子が思った以上に深刻だと察したのか3人は押し黙ってしまった。

 気まずい沈黙。
 隣の教室から後輩たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。

「そう言えば」

 りえちゃんが突然声を上げた。

「昨日の2組のパフォーマンス見た?すごかったよねえ」
「ああ、うん。見た見た」

 美砂がそれに乗る。ちょっとわざとらしいけど、話題を変えてくれたようだ。

「よくやるよねえ」

 わたしも振り返って話題に参加した。
 せっかく気遣ってくれているのに、無視するのは良心が痛むからね。
「ほんとほんと。もう、プロ根性だよね、アレは!」
 ふと皆子の方を見ると、きゃっきゃと騒ぐ美砂たちを恨めしそうに見つめていた。

「……わたし、見てない」

 皆子がぼそりとつぶやいた。
「えっ!」
 わたしたちの視線を受けて、皆子はちょっと口をとがらせてみせた。
「昨日の昼休みは部長会議があったんだもん」
「ありゃあ、それはお気の毒」
 美砂がにやにや笑いながらそう言うと、皆子はとがった口をさらにとがらせた。

「ずるーい。人が真面目に会議出てる間にみんな楽しんで!ねえ、どんなだったの?」

 皆子があんまり真剣に悔しがるものだから、つい笑ってしまった。