
【1章 ジュリエットのため息】
5-(3)
長い長いわたしの独白を、金村さんはほとんど口をはさまず聞いてくれた。
あんまり長い時間一人で話していたから、いつのまにか喉がからからになっていた。
わたしはふうと一息ついて椅子の背にもたれた。
金村さんも、同じように息をついて身体をくずした。
「そっか」
金村さんがぽつりとつぶやいた。
「つまり、田中さんは、原田くんのことが」
「嫌い」
金村さんの言葉を遮ってつぶやいた。
「……それに、怖い。わたし、今でもあいつの前に立つと、身体がこわばって、足ががくがくするの。心臓はばくばくするし、呼吸も苦しくなる」
「なんか……好きな人の前に立った時と症状が似てるね」
金村さんは、苦笑いしながら言った。わたしは思わず眉間にしわをよせた。
「やめてよ」
金村さんはわたしの反応に困ったような顔をすると、頬杖をついて何やら考え事を始めてしまった。
わたしたちはしばらく黙って机を見つめていた。
時計の音がやけに大きく聞こえる。
金村さんは何も言う気配がなくて、だんだん沈黙に堪えられなくなってきた。
わたしはずっと頭の片隅にあったことを言ってみた。
「初めから無理があったんだよ。わたしと原田がロミオとジュリエットをやるなんて」
金村さんは聞いているのかいないのか、じっと机を見つめ続けている。
わたしは気にせず続けた。
「だって、ロミオとジュリエットは、愛し合ってはいけないのに、愛せずにはいられなくて、それで死んでしまうんでしょ?わたしたちは逆だもん。
お互い嫌いなのに、演技の上とは言え、愛し合わないといけない……。
愛してはいけない人を愛してしまったジュリエットと、劇の中とは言え、嫌いな人を愛さないといけないわたし、一体どっちの方が不幸なんだろうね」
最後の言葉で、金村さんが顔を上げた。
なんだか驚いたような、何かひらめいたような、変な顔をしていたけど、わたしはたまりにたまっていた気持ちを全部吐き出してしまいたかった。
「『ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの』。
まさにわたしの心境だよ。
ただし、わたしの場合は『ああロミオ、どうしてアイツがロミオなの』、だけどね」
わたしは「アイツ」の部分を強調してこう言うと、軽く笑って見せた。
金村さんは目を見開いて、わたしの顔を見つめていた。
あんまり真面目な顔だから、わたしはだんだん笑顔が引きつってきた。
笑えないか……。
そう思った時、金村さんは突然立ち上がってわたしの手を握った。
「それだ!」
「……は?」
何がなんだか訳が分からず、思わず間抜けな声が出てしまった。
「それだよ、田中さん!
『どうしてアイツがロミオなの』!憎み合っていたロミオとジュリエット!」
やっぱり話が見えない。
頭にクエッションマークが浮かんでいるわたしを尻目に、金村さんは瞳を輝かせて、興奮した様子で握った手に力を入れた。
「台本を変えるんだよ、田中さんと原田くんの状況にあった」
「………は?」
さっきより大きな声で聞き返した。
「だからね、今の台本じゃ田中さんも原田くんもやりにくいしょ。それならやりやすいものに変えればいいんじゃないかと思ったのよ。
どんなふうに変えればいいか、ずっと考えてたんだけど、さっきの田中さんの言葉聞いて思いついたの。
ロミオとジュリエットは愛し合っていなかった。憎み合ってた。だけど親の都合で結婚させられそうになって、最後はお互い憎しみをぶつけあって2人とも死んでしまう」
金村さんは陶酔した様子で語り続けている。
クールで真面目な人だと思っていたけど、実はすごく、熱い人なのかもしれない。
「あの……でも、それって『悲劇』なの?」
率直な疑問を口にすると、金村さんは自信ありげに微笑んだ。
「それは脚本と演技しだい。脚本は任せて。アイディアが洪水のように湧いてきてるから。明日までに新しい台本あげてみせる」
「いや、でも、クラスのみんなが納得するか……」
「大丈夫。『これくらいインパクト強いことしないと2組には勝てない』って言えばみんな納得するから。安心して。田中さんと原田くんのことは一言も触れずにみんなを説得してみせる」
金村さんは余裕のある笑顔で高らかにそう宣言した。
(1章了)
|