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 【1章 ジュリエットのため息】
 

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 次の日、教室に入るとやけにクラスが色めきだっていた。
 廊下側、前から2番目の自分の席に着くと、後ろから肩を叩かれた。

「おはよ、田中さん」

 後ろの席の金村さんだ。
 規定通りのスカート丈に白のくるぶしソックス。
 真っ黒な髪はおさげに結んで、カッターシャツは第一ボタンまでしっかりとめている。
 「優等生」を絵に描いたような、今時新入生だってこんな格好しないだろ、と言いたくなるくらい、模範的な制服姿。
 でもそれが妙に似合っているから不思議だ。

 金村さんは鞄の中から冊子を取り出すと、わたしに差し出した。

「何?」
「台本」

 わたしはぎょっとして、台本と金村さんの顔をかわるがわるに見た。

「もう出来たの?」

 金村さんは脚本と演出を担当することになっている。
 確かに昨日「なるべく早く書き上げる」と言ってはいたけど、まさか1日で仕上げてくるなんて思ってもみなかった。

「と言っても、まだバルコニーのシーンまでなんだけどね。推敲もろくにしてないから何度か書き直さないといけないし。でも他のキャストも早く決めないといけないし、とりあえず前半の見せ場くらいまでは早めにみんなに読んでもらおう思って。来た人から順に配ってるんだ。残りも今週中には渡せるようにするから」

 まぶしいくらいさわやかな笑顔。
 大変ことを、さもなんでもないかのようにさらりと言ってのける。
 前から一風変わった人だとは思っていたけど、やっぱりこの人、ただ者ではない。
 わたしは期待と不安が入り混じった気持ちで、表紙をめくった。

「つくよん、おはよー」
 ドアが開く音とともに、にぎやかな美砂の声が聞こえた。
 わたしは台本に目を落としたまま左手を軽く挙げて「おはよ」と返事をした。
 わたしのそっけない対応なんてなれっこの美砂は気にする風でもなく、わたしの読んでいる台本を覗き込んできた。

「何それ、台本?もう出来たの!金村さんすごーい。あたしも読みたい。
ねえ、金村さん、あたしの分ある?」

 美砂は今日も元気だ。この子の辞書に「落ち込む」と言う単語はあるんだろうか。