【1章 ジュリエットのため息】
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「おおい、美砂!田中さーん」
校門を出た瞬間、後ろから必要以上にハイテンションな声が聞こえてきた。
振り返ると、学年一のお調子者、神 蓮一郎だった。
神くんは、同じ小学校出身だけど、中学に上がるまでは特に接点がなかった。
中1の時、神くんが美砂の家の隣に引っ越してきたのをきっかけに、美砂を通じてわたしも話しをするようになった。
「部活帰り?いやあ、精が出るね、お疲れお疲れ」
神くんは、一昔前のアイドル顔負けな笑顔を振りまきながら美砂の肩を叩いた。
うちの学校は、全員部活に所属することが義務づけられている。
神くんは、毎日練習があるサッカー部に所属しているはずなのに、ユニホームを着ているところを1回も見たことがない。いわゆる幽霊部員と言うヤツだ。
だらだらと校舎に残っているのをたまに見かけることはあっても、完全下校ぎりぎりまで活動している吹奏楽部のわたしたちと下校時間がかさなることは滅多にない。
「神くんがこんな時間まで学校にいるなんて珍しいね。なんかあったの?」
そう声をかけると「よくぞ聞いてくれた」とばかりに食いついてきた。
「ああ、劇の実行委員になったんだ。マジすごいよ、うちのクラス。優賞しちゃうかも」
神くんは白い歯をにっと見せて笑った。
神くんは可愛い。ただ可愛いのでない。「とんでもなく」可愛い。
背は、155cmのわたしよりは大きいけど、162cmの美砂よりは小さい。
中3男子としては小さい方だろう。
目は大きくて、必要以上に睫毛が長い。
肌は適度に日焼けしていて健康的な印象を与えている。
笑うと可愛らしいえくぼが見える。
これで声が低くなかったら完全に女の子だ。
いや、神くんと比べられたら世の女の子の大半が裸足で逃げ出す。
地味顔なわたしに、その睫毛の一本でも分けてもらいたいくらいだ。
恨めしそうに見ていると、神くんは視線に気付いたのか、わたしの顔を覗き込んできた。
突然目の前に現れた、きめが細かい肌に思わず釘付けになる。
日焼けしているのにそばかす一つないなんて、信じられない。
「何、田中さん。俺って思わず見とれるほどカッコいい?」
あからさまなからかい顔に、わたしは負けじとにっこり微笑んだ。
「ううん、思わず見とれちゃうくらい可愛い」
「えー、俺より田中さんの方が可愛いって」
こぼれ落ちんばかりの可憐な笑顔。
こいつは、まったく。
漫画だったら「ぴきっ」という擬音語とともに額に「怒りマーク」が浮く場面だ。
神くんは、こんなことを言ってはすぐにわたしをからかう。
自慢じゃないが、わたしはいまだかつて、神くんの冗談以外で男子から「可愛い」などと言われたことはない。自分が特別可愛い訳ではないことくらい、15年間この顔と付き合ってるわたしが一番よく分かっている。
何でもない時でも、神くんと会話をすると疲れるけど、精神的に落ち込んでいる時だと、いつもの1.5倍は疲れる。
「こら、神。あんまりつくよんをいじめんな!」
わたしがため息を吐き出すと同時に、美砂が神くんの背中を思いっきり突き飛ばした。
神くんは地面にひざをついておおげさに痛がってみせた。
「痛っ。何すんだよ!くそ、この借りは劇で返してやる!1組には絶対負けないからな。優賞は2組がもらった!」
「うるさい、うちのクラスだって負けないからね、吠え面かくなよ」
「ばーか」
「あーほ」
小学校低学年並みの言い争いを続ける2人を横目に、わたしは少しずつ赤みを帯びてきた空を見上げて、もう一度大きなため息をついた。
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