14:外敵認定(2)



「まったく油断も隙もあったものではないな」
「こいつ、さっき下で永遠子に声をかけてたヤツだぞ」
「そう言えばこんな顔だったか」
「永があんなところで暴れだすからこんなヤツに付け入られたんだ!」
「久があそこで引いていれば少なくとも映画には間に合ったんだぞ!」
「エスカレーターで俺を出し抜こうとしたのはどこのどいつだ!」
「それを言うなら館内で足を引っ掛けようとしたのは誰だ!」
「なんだと!やんのか!」
「おう、かかってこいよ!」

 稔の両腕を掴んだまま、互いににらみ合い今にも空いている手でつかみかかろうとしている男2人に、稔はおずおずと声をかけた。

「あの〜、僕を挟んで喧嘩しないで下さい」

「「黙れ!」」

 両側からステレオのように重なる低く凄みの効いた美声。

「とりあえず、今はこいつの始末だ」
「そうだな」

 2人は腕をつかむ手に力を入れた。

「このまま警察・実家・学校に通報されて社会的に抹殺されるのと」
「肉体的・精神的な苦痛を味わって、半年ほど病院で己の愚かさを呪うのと」
「「どっちがいい?」」

 稔はひっと声を飲むと素早く横目で2人の顔をうかがったが、2人ともそれはそれは真剣なまなざしで冗談の可能性は万が一にもありえなさそうだった。

「どちらを選ぶにしても、とりあえずそのムカツクほど小奇麗な顔は二度と見られんくらい殴るがな」

 右側がそう言った瞬間、さきほどの稔から受けた衝撃に混乱していた永遠子は一瞬で我に返り、普段の彼女では考えられないものすごい勢いで兄2人に飛びついた。

「永くん!なんてことを言うのですか!?久くんも今すぐ離してください!」

「「永遠子?」」
 2人は一瞬ひるんで妹の方を振り返ったが、稔を掴む手の力は少しも緩むことはなかった。

「六原さんが何をしたっていうんですか!そんなに強く掴んだら痛いです!離して!!」

 永遠子の言葉に、兄たちは目を丸くすると互いに顔を見合わせ、同じタイミングで稔の顔を凝視した。稔は、なるべく人好きがするような気弱そうな顔で微笑んで見せた。
 兄たちは同時に稔の腕を静かに解放した。

「君が『六原さん』だったのか」

 左側(久)が決まりが悪そうにつぶやいた。

「はい」
 稔がうなずくと、右側(永)もまったく同じ表情で頭をかいた。

「いや、すまなかった。まさか君が永遠子の”友達”だとは思わなくて」

 急に殊勝に頭を下げる2人に、稔は慌てて両手をふった。
「あ、いえそんな、大丈夫です」
 顔を上げた2人は気恥かしげに、親しげな笑顔を見せた。
 あたかも大型犬が飼い主に叱られてしっぽを丸めてしょげかえっているかのようで、なんともちぐはぐでほほえましい光景だった。

「いや、失礼な話になるが、背も高いし、声もハスキーだからてっきりな…」
「ああ、服装も髪型もボーイッシュだったものだから…」

 兄たちの言葉に、稔は嫌な予感がした。

「「君のことを、てっきり男の子かと思ってしまったんだ」」

 やっぱりーーーー!

 稔は心の中で叫んだ。
 永遠子と兄たちは顔こそ似ていないが、思考回路がおかしなところに繋がっているあたりはそっくりである。

 稔は頭の中で素早く計算をした。
 この兄2人は永遠子がどれほど否定しようと、とんでもないシスコンである。
 これは100%間違いようのない事実である。
 今彼らは自分が「女」だと思って安心している。
 しかし、もし男だと分かったら。
 永遠子を強制連行されかねない。
 さきほど掴まれた腕はまだじんじんと痛みを感じる。もの凄い力だった。
 あんな馬鹿力で引っ張られたら永遠子など抵抗のしようもないだろう。
 それに今日に限ったことではない。
 もし男と知れたら、これから先、デートのたびに乱入されてしまうかもしれない。
 絶対いやだ。死んでもいやだ。絶対阻止したい。

 稔は、男のプライドを捨てて、女のふりをすることに決めた。

「はい、よく間違え」
「失礼なことを言わないで下さい!六原さんは男性です!どこをどう見れば女性に見えるんですか!」

 稔の声にかぶさるように、稔の思惑など想像だにしない永遠子がきっぱりと宣言した。
 当然、兄2人は一瞬で笑顔を消して稔を凝視し、稔は居たたまれない思いで硬直した。

「「……男?」」

 静かな問いかけに、一人だけ場の空気に気づいてない永遠子が元気よく「そうです!」と答えた。
 しばらく、嫌な空気が流れた。

「あぁ……そうか、分かった。彼は難病に侵されていて余命1カ月と宣告されているのだろう?それで最後の願いを叶えるために、やさしい永遠子がデートをしてあげていると」
「そうなのですか!?」

 突飛な解釈。
 人はそれを”現実逃避”と呼ぶ。

 稔は否定も肯定もせずに曖昧に微笑んだ。

「じゃなければ、来週にでもアラスカあたりに転校するすることになって、最後に日本での思い出作りとしてやさしい永遠子がデートをしてあげているんだな?」
「そうなのですか!?」

 そんなわけあるか!

 しかし稔は思わずうなずきたくなった。その場しのぎにしかならないが。

 が、うなずいたが最後、永遠子もその嘘を真に受けることは間違いない。

 ――絶対泣くよな……永遠子ちゃん。

 自分の保身と永遠子の涙。
 稔は両てんびんにかけた結果――

「僕は至って健康で、転校の予定もありません」

 稔は背筋を伸ばして2人の兄に向き直り、深々と頭を下げた。

「永遠子さんとお付き合いしています。六原稔です」