14:外敵認定(1)
流れゆくエンドロールを見ながら六原稔はなんとなく意味もなくため息をつきたい気持ちになった。
原作を読んでいたからどんな話かはしっていたが、やはりどう考えてもめちゃくちゃなストーリー展開だと感じてしまう。
原作のあとがきによると、作者が思い描く「王道」をすべて書き尽くした結果らしいが、さすがにちょっとやりすぎではないだろうか。
特に、主人公の相手役の後輩少年が二面性キャラで、おまけに主人公の前でだけ俺様キャラに変貌するというあたりに、稔も自分自身が(方向性こそ違えど)後輩少年と負けず劣らぬ二面性キャラであることを自覚しているだけに、どうしても妙な気恥ずかしさを感じてしまうのだ。
しかしそれが中高生を中心に爆発的にヒットしているというのだから、乙女心は分からないものである。
画面に映った「END」の文字が消えると会場がわずかに明るくなる。
稔は横に座っている佐倉永遠子に目をやった。
間接照明しかないこのシアターは照明がついてもどこか薄暗く永遠子の表情ははっきり分からなかった。(見えたところで無表情なのであまり意味はないけれど)
「永遠子ちゃん、行こうか」
稔の声に、永遠子は無言でうなずくとすっと立ち上がった。
稔はその手を握ろうと手を伸ばしたが、永遠子はそれより一瞬早く背を向けると出口に歩きだしてしまった。稔は中途半端に伸ばした手を所在なさげに見つめると、小さくなりかけている永遠子を慌てて追いかけた。
*
ロビーに出て、時計を確かめるともうすぐ2時になろうとしていた。
映画館の中で軽食をつまんだだけだったので、さすがに小腹がすいていた。
「下の6階で何か食べようか?」と稔が問いかけると、永遠子はやはり無言でうなずいた。
元々口数が多い永遠子ではないが、映画が終わってからまだ一言も口をきいていない。
稔はさすがに不安になってきた。
「永遠子ちゃん?」
エスカレータを降りてすぐに永遠子の腕を掴んで振り向かせた稔は永遠子の顔にぎょっとして思わず手を離した。
永遠子はいつも通りの無表情のまま、目から大量の水……いや、涙を流していたのだ。
いったいどんな体のメカニズムをしているのか、「表情を変えずに涙を流す選手権」なんてものがもし存在していたら、永遠子は間違いなく優勝できるに違いない。
「すみません…感動してしまって」
稔は慌てて鞄を漁ってハンカチを取り出した。
「あんまり聖夜くん(※相手役)がイメージ通りで」
「え、感動したポイントそこ!?」
永遠子はこくんとうなずくと稔の手からハンカチを受け取って涙をふいた。
稔は永遠子の「面食い」をまだ自分が受け止めきれていないことを思い知り、そんな自分に思わず苦笑した。永遠子は自分のことが笑われたのかと思い、赤い目のまま不安な気持ちで稔を見上げた。
「呆れましたか?」
「いや。ただ……」
「ただ?」
「俺は聖夜に共感はできないなぁと思って」
「共感ですか?」
「好きな子の泣き顔が見たくてわざと冷たくするなんて俺には無理。好きな子に命令だってしたくない。
命令するくらいならお願いする方が性に合ってる」
そう言って穏やかに笑う稔の顔に永遠子はしばし見とれながらも、今まで稔から何度もされた「お願い」の数々を思い出し、無意識に顔が熱くなった。
「……六原さんの『お願い』は、たぶん『命令』より強烈だと思います」
「ん?」
稔は俯いてしまった永遠子の顔を覗き込むように体を傾けた。
「永遠子ちゃんは『お願い』より『命令』をご所望?それなら……」
稔は永遠子の腰に左手を回してぎゅっと抱き寄せると右手で顎を掴んで上を向かせた。
そして痺れるような熱くまっすぐな視線でしっかりと永遠子を射抜いた。
「永遠子」
突然の呼び捨てに、永遠子は音もなく息を飲んだ。
怖いくらいまっすぐに見つめられて恥ずかしくて目をそらしたいのに、目が固まってしまったかのように視線をそらすことができない。
「ほかの男なんかに見とれるな」
「あ」
「俺だけ見てろ」
「は……い」
せっかく拭いた永遠子の目から再び涙がにじみ始めているのを見て、稔はくっと声を飲むと思い切り天井を仰いだ。
やはりダメだ。
涙目の永遠子は確かにとんでもなく可愛いけれど、やっぱり泣かすよりは喜ばせてあげたい。
同じセリフであっても、頭を垂れて足元にひざまずいて
「ほかの男は見ないで。俺だけを見て」と懇願したい。
――俺はこれから先、どんなに永遠子ちゃんに懇願されても、「俺様」にはなりきれないな。
そう悟った稔は、天井に向かって小さく自嘲の笑みを浮かべると、いつもの爽やかな笑顔を顔に宿し永遠子に向き直った。
その時。
肩がはずれるのではないかというくらいの馬鹿力で両腕の自由が奪われた。
「「何をしているこの変態ナンパ野郎」」
左を見れば鬼よりも鬼らしい形相の屈強な男。
右を見れば殺人鬼よりも殺意をむき出しにした屈強な男。
言わずもがな、永遠子の兄、永久兄弟だった。
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