雑用係の失恋日記(1)
(時系列:)本編6〜7あたり


「なぁ、陛下とコマ子さんがついにくっついたって本当?」

久々に集まった元生徒会メンバーでの飲み会。
未成年ゆえに烏龍茶しか飲んでいないにも関わらず、誰よりも早く酔いつぶれているようにしか見えない状態に突入した僕にツッコミをいれることもせず、話に花を咲かせていた先輩の一人が、そんな疑問を口にした。

「あーー……それ、俺も気になってる」
「え、マジ?全然しらねえ。そうなの?」
「そういや最近、コマ子さん、時々みょ〜に色っぽく見えることあるよな」
「そうそう!前はただ単純に”可愛い!!”って感じだったけど、最近はなんつうかこう……”はっ”とさせられる表情するようになったっていうか」
「えーー?俺、この前コマ子さん見かけたけど、別に今まで通りだったけどな……」
「お前、そんとき近くに陛下はいた?」
「いや、一人だった」
「だからだよ」
「そう、陛下といるときだけ、色っぽいの。怪しいだろ?あれは絶対くっついたね」
「えええーーー!マジかよ!あのコマ子さんが、ついに陛下の魔の手に!?すげぇショック!」
「だよな……俺らのオアシスが……」
「俺らのマスコットが……」
「天使が魔王に汚された……」

「ていうか、だからコイツ、こんなに落ち込んでるのか」

一人の声に、視線が一気に僕に集中した。
暗いオーラをバックに背負って、烏龍茶を片手に俯いたまま無言を貫く僕に、先輩たちは一瞬沈黙し、とってつけたような明るさで僕を囲んだ。

「まぁまぁ、ポチ!そんなに落ち込むなって!」
「そうそう!どっちにしたってお前がコマ子さんと付き合える可能性なんて天文学的確率でありえなかったんだしさ、遅かれ早かれこうなってたんだって!」
「そうだぞ!お前みたいな強面内気男子が女子と対等に話させて貰えてるだけでも、天文学的確率でありえないんだから!お前はコマ子さんと友達になれただけで、人生の運を使い果たしてるんだ!今更ショックを受けることじゃないぞ!」

数年来の付き合いで分かっていたこととは言え……

「なんなんですか!励ます気がないなら放っておいて下さいよ!フォローどころか貶し文句しかないじゃないですか!!」

強面の俺が涙を堪えて顔を真っ赤にして激高する姿は、滑稽を通り越して恐かったらしい。
先輩たちは一様に口をつぐみ、顔を見合わせると苦笑いをしてみせた。

「いや……悪い。からかう気はなかった……というと嘘になるけど」
「おい!バカ!正直に言うなよ!大人しいヤツほどキレると恐いんだぞ!」
「す、すまん!いや、本当に、悪かった」

「雄平は……」

今まで一人話題に乗らずに微笑みながら傍観していた福原先輩が口を開いた。
みんなが一斉に彼に注目した。

「俺らの中で一番一途にコマ子ちゃんのことが好きだったからね。ショックを受ける気持ちは分かるよ」

優しい言葉に思わず、たまっていた涙が一筋流れた。僕は慌てて袖でぬぐった。

「……でもさ、よく考えたら、これってまだ確定してるわけではないんだろ?」

別の先輩の一声に、一同は一瞬静まりかえり、「あぁ、そっか!」と言って笑い声が上がった。

「そうだよな。まだ”かもしれない”の話で本人に確認したわけじゃないもんな!」
「そうそう!単にコマ子さんがようやく思春期に突入して恋を意識し出しただけかもしんないし」
「そもそも、あのコマ子さんに陛下みたいな男が手を出すってのもちょっとありえないよな」
「それに、陛下って彼女いなかったっけ?あの黒髪美人の巨乳さん」
「いたいた!そうだよ、陛下の好みが”あれ”だとしたら、コマ子さんなんてかすりもしてないじゃん!」
「なんだよ、デマかよ〜!誰だよ、これ言い出したの!」
「あ、俺だ!いやぁ、悪い悪い!」

ひとしきり笑って、次の話題に移ろうとしている先輩たちに、僕は軽い苛立ちを感じた。
僕だって「そんなわけないじゃん」って笑いたかった。笑ってすませてしまいたかった。
でも――僕にはもう、笑い飛ばすことなんて出来なかった。

「……デマじゃないですよ」

聞こえなくてもいいと思ってつぶやいた僕の声はしっかり隣に座っていた先輩の耳に届いていたらしい。
「ぁあ?」
ふざけた顔で聞き返す先輩に、僕は苛立ちのままやけくそで言い返した。

「デマじゃないですよ。あの2人はくっついてますよ」

先輩達は再び静かになると「おいおい」といった様子で顔を見合わせていた。

「コロ、大丈夫か?お前烏龍茶で酔っ払ったのか?」
「酔ってないですよ!見たんですよ!聞いたんですよ!」
「え……見たって……」
「聞いたって……何、を?」

「………2人が、一線を越えた関係である、証拠ですよ」

実際僕は、烏龍茶には酔ってなかったけれど、その場の空気には酔わされていたのだと思う。
言うべきではなかった――ということに気づいたのは、もう目も当てられない、耳もふさぎたくなるほど混乱に満ちてしまった先輩達の姿と、それを冷ややかに見つめ、僕に対して呆れたような視線を投げてきた福原先輩に気づいたときだった。

詳しく聞かせろとせがんでくる先輩たちの要望はすべて突っぱねた。
軽々しく話していいことではないし、話したいことでもなかった。
ただ、酔っ払ってしなだれかかってきた隣の先輩に
「にしても、よりにもよってそんな現場を見てしまうとは……お前もつくづく運がないよな」
と言われた瞬間は、思わず頭に血が上って張り飛ばしてしまった。

誰のせいで……、一体誰のせいで知りたくもなかった真実を知らされたと思っているんだ!
それもこれもすべて、ここにいる元生徒会メンバーがそろいもそろって面倒事を僕に押しつけたせいではないか!

僕は1週間前の日曜日の朝のことを思い出して、また涙がにじむのをこらえながら烏龍茶をおかわりした。



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