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 【3章 ジュリエットの気持ち】


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 本番直前の時間の使い方というのは意外と難しい。
 2、3時間目で細かい動きのチェックや通し練習も一通り終わり、4時間目にもなるとみんな明らかにだれてきている。
 こんな状態で何をやっても意味がないと判断した金村さんは、練習を切り上げみんなに他班の手伝いをするよう指示を出した。
 それを聞いた衣装班は、キャストのほとんどの人を呼び寄せ、衣装の最終チェックをはじめた。衣装がまだ出来てないわたしは一人取り残される形になる。(ジュリエットの衣装は人一倍手が込んでいるらしいのだけど、正直、ちゃんと間に合うのか心配だ)

 さて、どうしようか。
 教室をざっと見渡すと、自分の席で何やら作業をしていた金村さんと目があった。
 そうか、金村さんもナレーターだから衣装がないんだった。

 わたしを見るその目が、「おいで」と言っているような気がして、近寄ってみると、舞踏会シーンに使う飾りを作っているところだった。
 わたしは前の席の椅子を後ろ向きに直して、金村さんに向かいあうように腰掛けた。

「わたしも手伝う」
「あ、うん。じゃあこっちお願い」
 金村さんは、机に散らばっていた厚紙や折り紙を半分わたしの方へよせた。

「いよいよ明後日だね」
 金村さんはハサミを動かしながらのんびりした口調で言った。
「うん、なんかあっという間だったね」
 わたしも金村さんの真似をしてハサミを動かした。
「はじめはどうなることかと思ったけど、なんとか形になりそうでよかったよ」
「あ……その節は大変ご迷惑をおかけしました」
 わたしが殊勝に言うと、金村さんは「あはは」と笑った。

 こうして向かい合っていると、わたしが金村さんに、原田との関係を打ち明けたあの日の放課後を思い出す。
「いいんだよ。おかげで面白い台本が出来たんだから」
 そう言えば、昨日の舞台練習の後、他の人たちからはいろいろ感想をもらったけど、肝心の金村さんからは何も聞いていなかった。
 聞こうと思いつきもしなかったなんて、やっぱり昨日は相当気が立ってたんだな。

 あの演技で、金村さんは満足しているんだろうか。
 一度気になり出すと、聞かずにはいられなくなってきた。

「あの、金村さん」
 わたしはうかがうように声を出した。
「昨日の舞台練習のことなんだけど、ラストシーン、どうだった?」
「ああ、うん。よかったと思うよ」
 手を止めることもなく、妙にあっさり返されて、拍子抜けしてしまった。
「あ、そうなんだ。あれでよかったんだ」
 わたしの歯切れの悪い反応を不思議に思ったのか、金村さんは鋏を止めてわたしを見た。
「あれ、自分では納得してない?」
「うーん……。なんか、本当にこれでいいのかなって」
 わたしは自分の手をじっと見つめた。

「田中さんは、どうしてジュリエットはロミオが嫌いだったんだと思う?」

「え……?」
 美砂といい、金村さんといい、どうしてわたしの周りの人は、突然脈絡のないことを言い出すんだろう?
 金村さんはわたしの答えを待ってじっと見つめてくる。
 たぶん無意識なんだろうけど、金村さんの目には人に「何か言わなきゃ」と思わせる魔力がある。

「……ごめん。考えてなかった。嫌いなものは嫌いなんだと思ってた」

 わたしの答えに、金村さんは面白そうに目を広げた。
「はは、すごいなあ、それ」
 すごい……と言うのはどういう意味なんだろう?
「金村さんは?自分で書いたんだもん、考えてあるんでしょ?」
「ううん、全然。分からないよ、ジュリエットの気持ちなんて。
分からないから、『嫌いだから嫌い』なんて台詞でごまかしたんだもん。
それはジュリエット役の田中さんが考えてくれればいいかな、と思って」
 そう言うと、金村さんはもう一度おかしそうに笑った。

「でも、そうか、田中さんも、『嫌いだから嫌い』かあ」
「ごめん。そう言えば考えろって言われてたんだったよね。なのに何も考えてなかった。
あ、そうか、だから自分の演技に納得いかなかったのかな。ジュリエットの気持ちなんか考えようとしないで、ただ無心に台詞を言ってたから」
「いや、いいんだよ。つまり田中さんにとって、『ロミオ』は考えるまでもなく『嫌い』ってことでしょ?」

 ロミオを……考えるまでもなく「嫌い」?
 そう……なのかな?

 考え込んでしまったわたしの顔を金村さんが覗き込んだ。

「あれ、違った?」
「あ、いや……違わない……と思う、たぶん」

 そう違わない。
 ジュリエットは、最初から最後までロミオが嫌いだった。
 嫌いな理由なんて考える気がしないくらい、ロミオが嫌いだった。
 わたしはずっとそう思って演じてきた。
 
 でも……。

 本当にそうだろうか。
 ジュリエットは本当にロミオを初めから嫌いだった?

「ああ……ごめん、なんか今すごく混乱してる。自分でもよく分からない」

 頭を抱えそうな勢いのわたしに、金村さんは苦笑した。

「まあ、せっかくだし、ちょっと考えてみてよ、ジュリエットの気持ち。今の無心の演技もなかなかいいと思うけど、ちょっとあっさりしすぎてるような気もする。欲を言えば、もうちょっと深みがほしいかな」
「……深み」
 噛みしめるように言うと、金村さんは手を伸ばしてわたしの頭をぽんぽんと叩いた。

「そんな深刻にならなくてもいいよ。どっちにしろあと2日しかないんだし。
田中さんまで原田くんみたいにドツボにはまられちゃったら困るからね」

 なんで突然原田の名前が出てくるんだろう?
 疑問が顔に出ていたのか、金村さんが軽く笑って窓際を見るように首でうながした。
 目をやると、原田が衣装班と他のキャストに囲まれて立っていた。

「ぱっと見、変わらないように見えるかもしれないけど、相当悩んでいるとみた」

 そうだろうか?
 周りの男子の冗談を馬鹿にしたように鼻で笑っている。
 別にいつも通りな気がするけど。

「実はね、さっきわたしが田中さんにした質問。
どうしてジュリエットはロミオを嫌いなのかってヤツ。
あれね、原田くんがわたしに聞いてきたことだったんだよ」