【2章 ロミオの戸惑い】
5-(2)
おそらく、後ろめたさが原因だと思う。
あの「涙事件」以降も、「格好悪い」、ただそれだけの理由でいじめをやめられなかった自分。
中学に上がって、クラスも別れて、過去を清算する絶好のチャンスだったと言うのに、俺は廊下ですれ違うと必ず、通り過ぎざまに田中に「キモイ」と言った。
小6の時のダチが一緒だったからだ。
悪口を言い続けることが果たして格好いいことなのか、なんであの時疑問に思わなかったのか不思議だ。
とにかく会えば悪口を言ってしまうのだから、俺はなるべくあいつに会わないように気をつけることにした。
努力のかいがあってか、中2の時はほとんど顔をあわすことがなかった。
その頃には小6時代のダチも俺と田中の確執なんて忘れていたし、俺もだんだんとあいつの存在を忘れかけていた。
実際、もう一度同じクラスにならなければ、「そんなヤツもいたな」と思いながら卒業することが出来ただろう。
でも、現実はそう甘くなかった。
3年のクラス発表で田中が同じクラスになったと知った時、「やっちまったな」という気持ちと「なんでいまさら」という気持ちがごちゃまぜになって俺を襲ってきた。
俺は同じクラスになったヤツらと談笑しながら、クラス割の紙を見上げる田中を横目でそっと盗み見た。
那須と同じクラスだと喜んで笑っていた田中の顔が突然固まった。
細い目はだんだんと大きく開いていき、横いっぱいに広げて笑っていた口元は小さくしぼんでいく。
そしてその口が「うそ」と動いた。
田中はじっと睨みつけるように紙を見つめていた。
その表情は驚愕だったのか、怯えだったのか……。
俺の中では終わっていた田中と俺の関係。
田中の中ではまったく終わっていなかったのだと知った。
終わりにしてしまいたいという俺の気持ちはただのエゴでしかなくて、あいつは今でも傷を負っている。
俺がはじめたゲーム。
飽きて勝手にやめてしまったゲーム。
田中は俺がむりやり引っ張り上げたゲーム盤の上に一人取り残され、次は何が待ち受けているのかとじっと順番をまっている。
俺がサイコロをふればゲームは再開だ。
田中は俺がサイコロをふるのを、今か今かと怯えながら待っている。
……ああ、そうか。
俺は唐突に気付いた。
なんで田中の顔を見られないのか。
俺はサイコロをふりたくないのだ。
でも、あいつと目があって、その時あいつの顔に怯えた小6のあいつを見つけてしまったら、俺はゲームを再開させなくてはならない。
……きっと、再開させてしまう。
だから見ないのだ。
見なければ、俺はあいつを傷つけた過去から逃げることが出来る。
どこまでもエゴイスティックだ……。
*
気付くと、ぱらぱらとまばらな拍手とともに田中がおじぎをしていた。
発表が終わったようだ。
田中は大人しくて引っ込み思案に見えるけど、実は結構目立ちたがりだ。
人前で発表するのは快感なのか、満足そうな表情で席に戻っていく。
ロミオが嫌いで嫌いで仕方がないジュリエット。
俺が憎くて憎くて仕方がないであろう田中。
田中には、ジュリエットの気持ちが分かるのだろうか。
やはり意識はジュリエットへと戻ってしまう。
ジュリエットのことは、田中に聞くのが一番なんだろう。
でも、目を合わすことさえできない人間に話しかけられるはずもなく。
俺は、田中の後ろの席の金村さんに視線を移した。
馬鹿真面目な顔で、じっと発表者の顔を見てうなずいたり、ノートをとったりしている。
こんな授業を真面目に聞いてるヤツもいるんだな。
ジュリエット本人に聞けないのなら、脚本家に聞くしかないだろう。
今のままじゃ、劇のことばかり考えてしまう。
それなら、さっさと聞いて、すっきりして、さっさと忘れてしまった方がずっといい。
|