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【2章 ロミオの戸惑い】


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 新学期になって1週間が過ぎた。学祭本番まで10日をきっている。

 校内は常に人が入り乱れて騒がしく、教室には何やら得体の知れない大道具や小道具の失敗作なんかがあちこちに散乱している。
 中学最後のお楽しみ行事が近づいていると言うのに「学生の本業」なんかを気にするヤツは少ない。休み時間、放課後だけでは飽きたらず、授業中まで祭りの準備にあてる生徒が続出するのも無理もない。

 初めは教師に隠れてこっそり台本を開いたり、机の影で小道具を作ったりと可愛いものだったけれど、最近では一番前の席で台本を広げてぶつぶつと台詞をつぶやく猛者やら、もはや隠しもせず堂々と布と針で衣装作りにいそしむ強者まで現れている。

 昼休みの今も、弁当を広げながら話す内容と言ったら学祭のことばかり。
 とてもじゃないが受験生のあるべき姿とは思えない。
 そう言う俺はどうかと言うと、学祭、受験どちらに対しても冷めていた。
 数学の先生に嫌がらせのごとく大量に出された宿題に頭を悩ますでもなく、2組のロミジュリを覗き見に行く算段を立てているヤツらの話に加わるでもなく、ただ弁当を食うことだけに専念していた。

 入学当初はふたを開けるのも恥ずかしいくらい凝っていた弁当も、3年にもなるとネタ切れなのか、単に面倒くさくなってきたからなのか、あからさまに手抜きになっている。
 ただゴマをふりかけただけのご飯に、いたってシンプルな卵焼き。あとは冷凍食品のコロッケとナゲットだ。野菜が嫌いな俺にとってはありがたいことに、見事にタンパク質と炭水化物しか入っていないメニュー。と思ったら、コロッケの下に、温めただけのミックスベジタブルが入ってやがった!グリンピースは嫌いだって、あんなに言ってるのに!

「陽介もそう思うだろ?」
「ああ?」

 一緒に弁当を食っていた吉村、太田、カイの三人が全員俺の方を見ていた。
 いきなり話しをふられたところで、俺はこいつらの話しを何一つ聞いていないのだから答えようがない。

「だから、田中もよくやるよな、あんなヤな役」
「ヤな役って……ジュリエット?」

 3人が同時にうなずいた。
 ジュリエットは……ヤな役だったのか?

「原作のジュリエットならともかく、金村版ジュリエットは最悪。てか最低。むしろ悪女?」
「だよな。俺、初めて台本読んだ時、『なんだこの女』って思ったもん」
「わがままって言うか、自己中?正直うざいよな」

 最悪、最低、悪女、わがまま、自己中、うざい……言いたい放題だな。
 俺は金村さんのロミオへの仕打ちがひどいことにばかり気を取られて、ジュリエットが客観的にどう見えるかなんて考えたことがなかった。

「だいたいさ、ジュリエットってなんでロミオのこと憎んでる訳?」
「あ、それ俺も思った」
「なんでって、ジュリエットはマキューシオが好きで、ロミオがマキューシオの親友だからだろ」
俺がそう言うと、3人は口々に反論してきた。

「そんなの理由にならねえよ!」
「普通に考えておかしいって!」
「そうそう!普通、好きなヤツの親友とはなるべく仲良くしとこうと思うしょ。将を射んと欲すればなんとやら、って言うじゃん」

 言われてみればそうだ。
 好きなヤツに仲のいい親友がいたとしても、殺したいほど嫉妬するなんてこと普通はない。
 ロミオとジュリエットは許嫁だけど、ジュリエットはロミオの親友のマキューシオが好きで、ロミオはジュリエットの従兄のティボルトに恋をしている。
 この場合、ジュリエットは、ロミオを憎んで殺すより、ロミオと共同戦線を張って、婚約を破棄した方が、マキューシオと結ばれる可能性が生まれるし、ずっと自然だ。
 だけど、台本のジュリエットは過激なまでにロミオを嫌い、憎み、殺意をあらわにする。
 確かに妙だ。なぜジュリエットはそこまでロミオを嫌ったんだ。

「ロミオがジュリエットを嫌いな理由は、金村さんの大演説もあったし、大体分かるけど、ジュリエットにはロミオほどの強い動機がない気がするんだよな」
 吉村がそう言うと、残る2人もうんうんとうなずいた。

「まあ、しょせん学級劇だしな。さすがの金村さんも、そこまで深く考えてなかったんじゃないか」
 つとめて明るく言った俺の言葉に、吉村と太田は顔を見合わせて首をひねった。
「あ、あれでしょ。ほら、『なんとかにも筆のなんとか』!」
 カイの援護になっていない援護は綺麗に無視された。
 吉村は「金村さんに限ってそんなことはない気がするんだけどなあ」とつぶやいた。
 まあ、俺も本心から言った訳ではない。まさに「金村さんに限って」だ。
「どっかにそれらしいこと書いてあったっけ?」
 太田が手元にあった台本をぺらぺらとめくった。
 横に座る吉村も一緒に覗き込んでいる。
 俺は2人が夢中になっているすきに、グリンピースを2人の弁当箱に投げ入れた。

「あ、そう言えば」
 太田がはじかれたように台本から顔を上げた。
 俺は、グリンピースのことがバレたのかと思って、一瞬ひやっとした。
「キャスト班の台本って、俺らが持ってるこれと違うのか?」
 太田と吉村は大道具班だ。と言っても、ほとんど美術部のヤツらが仕切ってるらしく、こいつらはのんびり見学を決め込んでいる。まったくうらやましい話だ。
 カイは、太田の台本を受け取りざっと目を通すと「同じだよ」と言って太田に返した。
「え……、だってこれ未完成じゃん」

 太田は「ほら」と言って、最後のページを開いて見せた。
 太田の台本は一学期の最後に金村さんが配った、新台本の初稿版だった。
 そう、この台本は未完成だ。これに書かれている内容はこうだ。

 


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