クリスマス小話
「ほろ苦い1年目」

※現在の本編より近い未来の話です。

12月も半ば。
年の瀬もさることながら、高校生にとってこの時期一番の関心事と言えば、言わずもがなクリスマス。
とりわけ恋人のいる男子にとってはここ1番の頑張りどころ。
それは普段紳士で爽やかな王子様で通っている六原稔にとっても同じこと。
少女漫画趣味で意外とロマンチックな可愛い恋人のためにとっておきのサプライズを、そしてあわよくば……などと考えてしまうのも致し方ない。

「あらぁ、もしかして稔くん?」

本屋で雑誌のクリスマス特集を立ち読みしていた稔は、後ろから可愛らしい声で呼びかけられた。
振り返ると、仕事帰りにしてはやけに可愛らしい(しかも似合っている)格好をした女性がにこやかに手を振って近寄ってきた。

「あ、永遠子ちゃんの……」

女性は永遠子の母親。稔は以前永遠子の家に呼ばれた際、顔を合わせていた。

「こんばんはぁ。あらあらクリスマス特集?永遠子ちゃんと?まぁ!いいわねぇ、素敵!
私は高校時代、そういうイベント事って何にもできなかったから、本当にうらやましいわ。
いい彼氏をもって永遠子ちゃんは幸せね」

そう言って彼女は世界一幸せそう微笑む。
おっとりした口調は誰の心も安心させ、ひとたび微笑むだけで周りがほんわか暖かい空気になる。
相変わらず、永遠子の母親とは思えない女性である。
稔もつられて自然といつも以上に笑顔になる。
端から見れば、極上爽やか笑顔の美少年と、誰もをとろかすチャーミング笑顔の成人女性。
なんとも目の保養になる2人である。

「ところで、2人はイブに約束しているのかしら?それとも25日?」
「一応、イブの予定でいます」
「そうなの」

女性はそう言うと少し思考を巡らせて、再びふんわりと微笑んだ。

「あのね、我が家は毎年イブとクリスマスには家族で盛大にパーティーをするのよ」
「そうですか。家族団欒、いいですね」

言葉とは裏腹に、「なんだ、夜まで一緒にはいられないのかぁ…」と内心落胆していたのだけれど、当然稔はそんなことをおくびにも出さない。
そんな稔の気持ちを知ってか知らずか、女性は天使の微笑みを浮かべたまま、おっとりゆったり追い打ちをかけるように衝撃の一言を告げた。

「だから当日は午後2時には家に帰してね」

稔の笑顔が固まった。

午後2時には家に帰してね(ハート)

「え?」

「うちの主人、毎年イブは無理矢理ありとあらゆる手段を使って午後3時には帰宅しちゃうのよ。
その時家に永遠子ちゃんがいなかったら……想像できるでしょ?
クリスマスに流血沙汰はさすがに避けたいから……」

恐ろしいことを笑顔のままおっとり告げる女。
佐倉一家に普通の人間はいない。

「短い時間しか一緒にいられなくて申し訳ないとは思うのよ?
だから代わりといってはなんだけど、我が家のお馬鹿さん2人組はわたしが責任を持って監視しておいてあげるから、邪魔はさせないとお約束するわ」

申し訳ないと言いながらこの笑顔。ある意味この人も究極のポーカーフェイスである。

「あの……25日も、門限は2時なんですか?」

稔にとっては最後の願いを込めた問いだった。イブがダメならせめて25日に!

「いいえ」

その答えに一瞬輝いた稔の瞳は、次の女性の言葉で消火器を噴射された天ぷら油のように一瞬で燃え尽きた。

「主人は25日は、ありとあらゆる脅迫恐喝裏取引その他もろもろの手段を使って1日休みをとるから、朝から晩まで家の外には出られないわね」



一枚どころか五枚も十枚も上手な佐倉一家の分厚い防御壁をやぶるには、経験不足な1年目。
王子様のクリスマスはほろ苦い……。



25日まで拍手に掲載していたクリスマス小話。
ハロウィンに引き続き、今回のフライング登場は永遠子母と永遠子父。(名前はあえて伏せてます)
イブ当日の2人の様子は細かくは書きませんが、
王子は午後2時までの短い時間に、できるかぎる精一杯がんばったとだけ申し上げておきます。
一部の方から「手が早そうだ」と評判の王子ですが(笑)、簡単に手は出させてもらえなさそうです。
頑張れ王子!永遠子本人を籠絡するのは多分ものすごく簡単だけど、その周りの防御壁は半端じゃないぞ!

おまけ「妄想と誤解のクリスマス」
(頑張った王子の頑張りを見たい人はどうぞ/笑)