19:嘘じゃない真実(1)



「どこから話せば分かりやすいかしらね……わたしはあんまり頭がよくないから、分かりにくいところがあったらその場ですぐに質問してね?」

母は苦笑をにじませながらそう言うと、少し遠い目をして語り始めた。



永くん久くんと永遠子ちゃんは4歳差だけど、実は永くんたちが2歳のころにわたしは1回妊娠しているの。
妊娠が分かるとすぐに主人はすっかり浮かれ上がっちゃってね、普段は無口で無愛想なのに、永くん久くんを抱き上げて「赤ちゃんが生まれるぞ」「兄になるんだぞ」なんて言い聞かせて。
永くんたちはまだ2歳だもの、意味なんか分からないけど、普段ほとんど笑顔も見せない父親が上機嫌なものだから、それがすごくいいものなんだ、ということだけは分かったみたいで、毎日毎日主人と子どもたちがわたしのお腹にへばりついて大騒ぎ……。
当時は多少うっとうしかったけど、今思えば幸せなひとときだったわね。

でも、わたしはもともと体があんまり丈夫じゃなかったみたいで、永くんたちのときも臨月間近で早産になりかけて結局未熟児で産んでいたんだけど、双子の場合だと未熟児になりやすいって聞いたことがあったからそのせいだと思っていたのよね。でも、それだけが理由じゃなくて、わたしはどうも流産しやすい体だったみたいなの。
結局その子は安定期に入る前に流れてしまったわ。

わたしも主人も落ち込んだけど、永くん久くんの落ち込みようはその比じゃなくて……。
そもそも「妊娠」の意味も分かっていない子が「流産」の意味が分かるわけがなかったんだけど、
「赤ちゃんはどこへいったの?」「ぼくはいつ”あに”になるの?」って……。
主人は一生懸命説明したんだけど、どうしても理解することができなかったみたいで。
「うそつき」「うそつき」って大泣きして大変だったわ。
あの子たちにしてみれば楽しみにしていたオモチャを突然取り上げられちゃったようなものだもの。
気持ちは分かるけど、無意識に責められているみたいでつらかったわ……。

それから1年半後くらいにもう一度妊娠が発覚した。
そのとき、わたしと主人が恐れたのは「また流産するんじゃないか」ってこと。
永くんたちは無事に生まれたんだもの、今度こそは大丈夫って前向きに考えようとは思っていたんだけど、永くんたちに話してまたダメだったらあの子たちにとってもわたしにとってもよくないだろう、ということになって永くんたちには妊娠のことは安心できるまで隠すことにしたの。

でも、妊娠中期にまた切迫流産しかかってそのまま入院。
あの頃はわたしの両親も同居していたから永くんたちは両親にまかせて、主人は毎日お見舞いに顔を出していたわね。
入院してからは、まわりの先輩ママさんのお話や先生のお話を聞いて、わたしは意外と落ち着いたんだけど、主人の方は不安だったみたいで、あのころ主人は永くんたちのことは本気でほったらかしだったみたいなのよね。

そんなこんなで無事流産も早産もせずにほぼ予定日通りに永遠子ちゃんは生まれたの。
本当にほっとした。
嬉しくて泣いたのは主人にプロポーズされたとき以来だったわ。

でも、主人の喜びようはわたしのさらに上をいくものだったわ。
主人はもともと女の子を欲しがっていてね、永くんたちが生まれたときも「女じゃない」とぶつくさずっと文句を言っていたくらいなのよ。だから永遠子ちゃんの可愛さにすっかりやられてしまってね……。


それで終わっていればなんの問題もなかったんだけど……。



「はぁ」
と大きな溜息をついて、麦茶を一くち口に含むと母は困った顔で微笑んだ。

「ここからは本当に単なる身内の恥になっちゃうんだけど……呆れないでね?」

稔は「はい」と言って神妙にうなずいた。



実はタイミングが悪いことに、主人は仕事で1年間函館に出向しなければならなかったの。
わたしが妊娠する前から決まっていたことだし、そもそも直前にどうこういってどうなるものでもなかったのよ。でもあの人ったら
「永遠子と離れるくらいなら仕事をやめる!」
なんて駄々をこね始めたのよ。
たかだか1年かそこらの話でしょ。それくらい我慢して下さい、って言ったんだけど

「赤ん坊の1年は大人の10年に値する。お前は俺に娘と10年離れて暮らせというのか!
この1年の間に永遠子がどれだけ成長すると思う!本当だったら昼間の1分1秒だって離れたくないのに1年間も離れるなんて、そんなのは拷問だ!人権侵害だ!訴えてやる」

とかもう……本当に子どもみたいに言い張るんだもの。
ちょうど、わたしと永遠子ちゃんが退院する日が主人の引っ越しの日だったんだけど、永遠子ちゃんを抱きしめたまま病院の玄関から一歩も動こうとしないのよ。

出発の時間も近づいてるし、主人はいっこうに永遠子ちゃんを離そうとしないし……
それで仕方なく覚悟を決めたの。
函館に住んでるお義母さんが昔保母さんをしていて0歳児の面倒もみていたことを思い出して、お義母さんに連絡取って1年間永遠子ちゃんをお義母さんに預けることにしたのよ。

本当はわたしだって産んだばかりの永遠子ちゃんを手放したくなかったのよ。
でも、あの人がこうと決めたら手段を選ばない人だってことは4年間の結婚生活で嫌ってほど思い知らされていたから……。



「あの時は主人を説得したりなだめたりでいっぱいいっぱいで永くん久くんのことはすっかり頭から抜けていたのよねぇ……」

のほほんとした口調で麦茶をすする母に、稔はどう反応していいのか考えあぐねていた。

「妹が生まれたのよ〜と話したところで肝心の本人がいないわけだし、わたしが函館に会いに行くときに一緒に連れて行って紹介しようかとも思ったんだけど、さんざんないがしろにされたことを根に持っていたのか”お父さんなんか知らない””会いに行かない!”の一点張りで……結局、主人が出向先から帰ってくるまで永くんたちを永遠子ちゃんに会わせることができなかったのよね。
でもまさか、そのせいであの子たちが永遠子ちゃんを本当の妹だと思っていなかったなんて……
本当にビックリね」