17: 女帝、降臨 (2)



「ところで、稔の話が途中だったと思うのだが?」

 都の言葉に好ははっと我に返るとすぐさま弟に詰め寄った。

「そうよ!忘れてた!!永遠子ちゃんに義理の弟がいるのかって話よ!」

 好の顔は好奇心の塊と化していた。
 稔は呆れた表情で首を横に振った。

「いや、弟じゃなくて兄。なんか理由はよく分からないけど、永遠子ちゃんは特別養子なんだって」
「で、お兄さんたちは永遠子ちゃんのことを家族としてではなく、女の子として好きなわけね?」

 稔は逡巡したのちに頷いた。
 その様子に、姉は楽しそうに目を輝かせ、母は難しそうに顔をしかめた。

「いやぁ、本当にあるのねぇ、そんな少女漫画みたいなことって」

 姉がぽつりとこぼした言葉に、稔は目を見開くと姉の腕を掴んだ。

「姉さん……やっぱり、多いの?少女漫画で義兄妹設定って」
「え?あぁ……多いわね。今ちょっと考えただけで4,5作くらい思い浮かぶわよ。そういえば、永遠子ちゃんも好きだって言ってた『学園未来』シリーズの第5シリーズは年の差義兄妹ものだったけ。今、15シリーズまで出てるんだけど、人気投票すると必ず上位に入ってくるカップルよ」
「あぁ、あれか。あのシリーズまだ連載しているんだったな。長いな。あれは私が教師になりたてのころスタートしたシリーズだぞ?」
「えーー!なに、お母さんも読んでたの?面白いよね、あのありえなさとベタさ加減がなんとも言えず」
「生徒たちの間で流行っていたからな。どんなものかと読んでいたのだが、初めは純愛路線だったのに、その第5シリーズあたりから性描写が入るようになってきたから、学校の図書館には入れないことにしたのだが……お前、あんなものを読んでいるのか?」
「まぁ、無知な中学生が読んだらいろいろ誤解を招くかもしれないけど、わたしはちゃんと現実とフィクションの違いは理解してるから大丈夫よ」

「姉さん」

 稔の呼び声に、好はようやく話が脱線していることに気づき、ごまかすように微笑んだ。

「何?」
「それってやっぱり最終的には兄妹がくっついたりするの?」

 心持ち青ざめた表情で問う弟に、好はあっけらかんとした表情でうなずいた。

「そうね。ほぼすべてが最終的にはくっつくわね」

 稔の表情はさらに悪くなる。しかし好はそんなことはおかまいなしに情け容赦なく言葉を重ねる。

「妹に彼氏が出来ても大体は物語の中盤あたりで捨てられる当て馬あつかいね。しかも、その彼氏ってのが大抵はすっごい好感度が高いいいヤツなのよね。読者の人気投票やったら本命に迫る勢いで人気があるの。それでもやっぱり最終的には妹は義兄をとるのよね。たまに納得いかないときもあるけど、『どう考えたって彼氏のがいい男じゃん!』って。でも、少女漫画の中ではもうこれはお決まりだからどうしようもないのよね〜……て、稔?あんた大丈夫?顔が真っ青だけど」

 一目で落ち込んでますというのが分かるほど大きくうなだれている弟に、好は面白そうに問いかける。都はそんな姉弟の様子に呆れたように大きく溜息をついた。

「好、いじめるのはそれくらいにしておけ」

 好は楽しそうに「はーい」と返事をすると自分の腕に力なくすがっていた稔の手を引きはがした。

「稔、お前もそんなことでいちいちいじけるな、情けない!お前、それでも私の息子か!?」
「俺は父親の遺伝子のが強かったんだよ、きっと。ダメ男だったんだろ?」
「否定はせんが決めつけるんじゃない!」

 まったくフォローになっていない怒声がリビングに響く。

「私にはお前が落ち込む理由が分からん」

 母の鋭い一言に、稔は顔を上げた。ほんのわずかに瞳が潤んでいる。

「少女漫画がどうとか言ってるが、それはあくまでフィクションの世界の話だろう?現実的には物心がつく以前から兄妹として育てば、兄に対して恋愛感情は抱けないと思うが?」
「普通ならそうだけど、永遠子ちゃんは普通じゃないんだ。彼女は少女漫画が現実世界そのものだと思っているんだ。今は違くても、お兄さんたちにしつこく迫られたら心変わりしてしまうかもしれない」

 そう言って再びうなだれる稔に、女性2人は顔を見合わせた。
 そして、2人そろって盛大に溜息をついた。

「バカだな」「バカね」

 ハモった声に、母と娘はもう一度顔を見合わせると「ふっ」と吹き出した。
 その様子に稔は顔を上げてむっとした表情を見せる。

「なんだよ」

「あのね、稔。ちょっと考えてごらんなさいよ。もし立場が逆だったら、あんたはどうなのよ」
「え?」
「あたしと稔の血がつながっていなくて、ある日突然あたしがあんたに『ずっと好きだった』とか『これからは女として見て』とか『今の彼女とは別れて』とか迫ったとしたら、あんた永遠子ちゃんと別れる?」
「ない!」

 笑えるくらいすばやく即答した弟に、好はにやりと微笑む。

「今はそうかもしれないけど、ずっとしつこく迫られたら心変わりすることもあるんじゃない?」
「いや、絶対にない。相手が姉さんじゃなくてもありえない。永遠子ちゃん以外を好きな自分とか想像できない」
「それよ」

 好はずばっと稔の顔を指さした。

「つまりそういうこと。ライバルがどうとかそんなのは些細な問題で、ようは相手にとって自分がどれだけ魅力的かってことでしょ?あんたは誰に迫られようとも決してゆるがないほど永遠子ちゃんが好きなんでしょ?それはあんたの意志の力とか以前の問題として永遠子ちゃんがそれだけ魅力的だからでしょ?それならあんたも、心変わりされるかもとかうだうだ悩んでる間に、芸能人が相手だろうとハリウッドスターが相手だろうと自分を選んで貰えるくらい自分を磨きなさいよ。それでもどうしてもダメだったら、それはライバルの方があんたより魅力的だったんだって諦めるしかないわね」

「そうだ。大体、お前は私の息子なんだ。私の遺伝子を受け継いでいるだけでなく、私が手塩をかけて育てたんだ。そんじょそこらの男に負けるわけがない。仮に負けたらお前に流れる父親のダメ遺伝子のせいだ。そのときは父親を呼び寄せてやるからいくらでも罵倒するがいい」

「え!お父さんって生きてるの!?」
「死んだと言った覚えはないが?」
「何度聞いても話したがらなかったから、てっきり死んでるのかと……」
「生きてるぞ。   一応」

「一応……」とぼそりとつぶやいた姉の言葉に一拍遅れて、稔が「くっ」と声を漏らした。
 都と好がそちらを見ると、稔が肩を揺らして何やら声をかみ殺していた。

「「稔?」」

 2人の呼びかけに、稔は堪えきれなくなって爆笑した。

「もういいよ、2人とも……ありがと」

 目の淵からにじむ涙をぬぐいながら稔が言った。

「ありがたいお姉様の助言のおかげね!」

 ふんぞり返って偉そうにうなずく好に、稔は伏せ目がちに苦笑した。

「いや、なんか……悩んでるのバカらしくなった」
「ちょ!どういう意味よ!!」
「俺がどんなに真剣に悩んでようが、姉さんや母さんにとっては数ある話のタネの一つにすぎないわけで、それをいちいち深く考えるだけ無駄なような気がしてきた。それに、実際、姉さんの話は一理あると思うし。つまりは俺がお兄さんたちよりも好かれているかぎりは盗られることはないんだから、頑張って永遠子ちゃんの1番でいられるように努力することにした」

 稔の、何かふっきれたような表情に、都と好は呆れ混じりの笑みを返した。

 *

「話を聞いていたら疲れたな。稔、やっぱりお前が夕飯を作れ」
「え?」
「焼き魚と味噌汁でいいかと思って、味噌汁のだしをとって、魚をグリルに入れて火をつけたところで好に呼ばれてしまったからな。多分、今頃丸焦げになっていると思う」
「ちょ!」
「その魚はもう食えんだろうから、何か適当に一品作ってくれ。おい、好、肩をもめ」
「え〜〜?お母さん凝り過ぎなんだもん、あたしの力じゃ無理。ご飯食べたら稔に揉んでもらいなよ」
「仕方ない、そうするか。何してるんだ、稔、さっさとキッチンへ行け」
「……はい」


 六原家の歩く法律――「女帝」――六原都。
 彼女に敵う人間は、今のところ六原家にはいない。