王子様のプロローグ



 六原稔は猫かぶりだった。

 猫かぶりの王様。キング・オブ・ネコカブリとでも言えばよかろうか。
 彼が被っていたのは「爽やか美少年」という猫。
 彼は小さいころから損得勘定が得意な人間であった。
 嫌われすぎず好かれすぎず。それが彼の目指す己の姿だった。
 彼の本性は親兄弟しか知らない。
 実際の彼はただやんちゃで年相応の男の子だったが、彼は見事なまでに爽やかを演じていた。
 入学後1ヶ月にして、彼を知らぬ人間は同じ高校には誰一人としていなかった。

 「王子様」

 それが彼に与えられた称号。

 彼は、その美しい容姿も手伝って、女であれば先輩後輩同級教師、誰からも愛されていた。
 そして同性からも好かれていた。彼に嫉妬する男はいなかった。
 なぜなら彼は「王子様」だったから。彼のことを嫌いだと言えば、嫌う人間の方に問題があると思われるくらいに、爽やかすぎるほど王子様だったから。
 しかし、彼には恋人はいなかった。
 なぜなら、彼は入学初日の自己紹介で「僕は面食いです」と宣言していたから。
 普通であれば反感反発ブーイングな台詞であっても、彼が言えば爽やかだった。
 「趣味は休日に愛犬と庭でじゃれあうことです」とインタビューで答えるアイドル並に爽やかだった。
 だから誰も彼に告白する勇気がなかった。彼の眼鏡にかなう自信のある者はいなかったから。
 それが彼の処世術であるということに気付く者は一人もいなかった。

 そう、彼は面食いなどではなかった。
 むしろ、彼は面食いな人間が大嫌いだった。