蝋人形のプロローグ


 佐倉永遠子は極度の面食いだった。

 面食いの最上級。メンクイストとでも言えばよかろうか。
 人に限らず、とにかく美しいものが好きだった。一体どんな幼児体験があってそのようになってしまったのかは、当の本人すら覚えていないが、物心がつくころには、すでに異常なまでに面食いであった。

 しかし、彼女が面食いであることは、友人知人はもちろんのこと、親兄弟ですらも気づいている者は皆無であった。なぜなら、彼女は、異常なまでに面食いであると同時に、異常を飛び越え、ある種恐怖感を抱かせるほど、ポーカーフェイスであったから。
 言葉を発することがあるから辛うじて生きている人間だと分かる、見事なまでのポーカーフェイス。
 まさに人の想像力のはるか上をいくレベルのものだった。
 入学後1ヶ月にして、彼女を知らぬ人間は同じ高校には誰一人としていなかった。

 「蝋人形」

 それが彼女に与えられた称号。
 彼女の笑顔を見た者はいない。
 彼女の涙を見た者はいない。
 彼女の心を知る者はいない。

 だから誰も知らなかった。
 彼女が面食いだということを。