クリスマス小話:

クリスマス。
クリスチャンでもなければ、行事にかこつけてハメをはずしたい、などという浮ついたお気楽思考の持ち主でもない俺にとっては、正直数あるどうでもいいイベントの一つにすぎない。
しかし、12月25日。
この日は、数年前から俺にとって1年365日のうちでも最も意味のある日の一つなった。
なぜなら、12月25日は俺の妻、狛子の誕生日だから。

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まぶたの奥にかすかに感じる朝日の光にうながされ、ゆっくりと意識が覚醒していく。
昨日の酒が残っているのかまだ身体がだるい。
いつものやわらかくて温かいぬくもりを求めて動かした俺の腕は、そのままぽすんと軽い音を立ててシーツの上をすべった。
かすかな衣擦れの音がして、俺はわずかな身じろぎとともにうっすらと目を開けた。
すると、栗色のやわらかそうな髪の毛が軽い足取りで部屋から出て行く姿が見えた。
俺は重い身体を起こすと、ゆっくりと大きなのびをした。

あいつが俺より先に起きるとは珍しい。
いや、俺があいつより遅く起きるのが珍しいのか。
昨日は1歳になる息子たちにとっては初めてのクリスマス・イブということで、狛子の両親も交えてパーティーをした。
普段は飲まない酒を、すすめられるままに飲まされてしまったのがいけなかったのだろう。
俺は酒にはあまり強くない。
記憶をなくすタイプではないが、酒を飲むと一気に眠気が押し寄せる。
結局昨日は狛子にほとんど触れることなく1日が終わってしまった。
昼間、息子たちに独占されてしまうのはある程度は仕方がないと思っているが、まさか酒に邪魔されて夜までムダにしてしまうとは。
今後は上手い回避の仕方を考えなくてはならないな。

あぁ、そう言えば……。
俺はベッドの脇にたてかけてある鞄に目をやると「はぁ」と深い溜息をついた。
クリスマスに産まれた狛子のためにと、用意したプレゼントをちょっと趣向を凝らした方法で贈ろうと思っていたのだけれど、細工を施す前に眠ってしまった。

悔しさが胸にこみ上げてきたその時、閉じたドアが勢いよく開いた。
「なんだ?」と目を見開くと、顔面蒼白、茫然自失といった様子の狛子がドアの前に立っていた。

「どうした?」

声をかけると、狛子の大きな目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ始めた。
慌てて駆け寄ると、ぎゅっとパジャマにしがみついて泣きながら俺を見上げてきた。

「子どもたちがいないんです〜〜〜」

顔をぐちゃぐちゃにして泣き崩れるその様に、俺は不謹慎にも顔がゆるむ。

「何笑ってるんですか!!?」

今度は目をキっとつり上げて睨み付ける。
俺が口元を右手で隠すと、狛子は「うぅ〜」といううめき声を上げながらほろほろと涙をこぼす。

誤解を覚悟で言わせて貰うと、俺はこいつの泣き顔が大好物だ。
いや、もちろん、笑顔の方が好きだし、いつも笑っていてほしいと思っているが、こいつは基本的にいつでもどこでも誰に向けても笑顔だから希少価値はあまりない。
引き替え泣き顔は滅多に見せない。
両親さえも「この子は昔から本当に泣かない子でねぇ」と呆れ交じりにつぶやくほど。
亜弓というこいつの親友には「コマ子が泣くのはアンタが絡んだときだけだ!」と胸倉をつかんで怒鳴られたこともある。そう言えば、そのとき優越感から思わずにやけた俺に、あの女は殺気を放ちながら本気で首をしめようとしてきたんだったな。

「……み、御門さんのバカ〜〜〜!真面目に聞いて下さい〜!」

おっと。
つい思い出にふけって状況を忘れていた。
俺はなだめるように狛子の頭をなでるとそっと抱きしめて耳元で問いかけた。

「……2人ともか?」

狛子はこくんとうなずくと「ふぇ」と声をもらすと顔をゆがませた。

「どうしよう御門さん!きっと誘拐されたんです!あんなに可愛いんですもの。ついうっかり攫いたくなっちゃう犯人の気持ちも分かります。もし、もし、あの子たちが……」
「コマ、落ち着け」
「だって、だって、もし、あの子たちがこのうちより誘拐犯のうちの方を気に入ってしまったら!
わたしより他の人が母親の方がいいとこ思ってしまったら……ふぇ……うっ……み、御門さん、わたしは母親失格です〜〜〜〜」
「落ち着けバカ!何度も言うがお前の思考回路はおかしい!」
「……どこが?」

泣きながら首をかしげる狛子の頭を、とりあえず一発軽くはたいておいた。

「誘拐といえば、普通は身代金目的だろ」
「……だって、うちお金ありませんよ。まだわたしたち2人とも学生ですし。だから、きっと偶然通りかかった犯人が、永くんと久くんのあまりの可愛さについうっかり自分の子供にしたくなって攫っていったんですよ」
「どこの誰が寝静まった一戸建ての二世帯同居の家の中を偶然通りかかるんだ」
「……あ、そっか。じゃぁ、事前にどこかで2人のことを見かけて狙っていた誰かが……」
「なんであえて両親と祖父母がいる家に忍び込んで犯行におよぼうとするんだ」
「……あ、あれ?じゃぁ、一体誰がなんのために攫っていったんでしょう?」

話しているうちに冷静になってきたのか、涙はようやく止まってくれたようだ。
俺は呆れたようにもう一度頭を軽くはたくと狛子の手をとって廊下へ出た。

「そもそも大前提に無理があるんだ」
「大前提って?」
「誘拐だ」
「誘拐じゃないの?」
「当たり前だろ。どこの物好きだ、あいつらを誘拐するなんて」
「可愛いじゃないですか!」
「もし誘拐だったとしたら俺は犯人に同情する。1歳児のくせになんであんなに生意気でおしゃべりなんだあいつらは。1歳児ってのは普通あんなにしゃべるものなのか?」
「……わたしも同じくらいおしゃべりだったって母が言ってましたけど」
「……どうせ似るなら顔か性格が似ればよかったのに」

思わず口をついて出た本音。
横を見ると、子ども達の安否が気になるのか、聞いちゃいない。

「お義父さんとお義母さんは?」

俺はリビングのドアを開けながらさっきから気になっていたことを聞いてみた。

「ふえ?」
「ふえ、じゃない。昨日、あいつらはお義父さんとお義母さんの部屋に寝かせたんだろ?」
「はい。……そういえば、お父さんとお母さんも見かけませんね。どこに行ったのでしょう?
……まさか、2人も一緒に誘拐され」
「アホか」

俺はそう吐き捨てると、リビングのテーブルの上に置いてあった1枚の紙切れを拾い上げた。

「そう言えば、枕元に置いておいたプレゼントはなくなっていました……。ということは、もしや」

紙に書かれていた文字を追っていた俺は、腕を引かれてそちらに目をやると、至極真面目な顔で狛子が俺を見上げていた。

「サンタは本当にいるのでしょうか!?」
「……… はぁ?」
「昨日の夜、子ども達の枕元に置いておいたプレゼントが、今朝見たらなくなっていたんです!
きっとプレゼントを届けにきたサンタがすでにプレゼントが置いてあることにビックリして子たちと両親を」
「……お前、その推理が本当に正しいと思っているのか?」

呆れた口調で問いかけると、狛子ははっとした表情をして一瞬沈黙した。

「……いえ、さすがに無理があると思います」
「だろうな」

俺は手にした紙を狛子に渡した。きょとんとした顔で見上げる狛子に、目で「読め」と語りかけた。

『みっきー、メリークリスマス♪
昨日は無理にお酒飲ませちゃってごめんなさいっ!
せっかくイブにいちゃいちゃできずに爆睡なんてご立腹だったらどうしよ〜。

というわけで、今日はおチビちゃんを連れて4人で富良野に行ってきマース。
楽人のとこの香澄ちゃんは永久くんと年も近いし一度会わせたいと思ってたんだv
永久くんが起きるとまた「こまこはどこだ」ってうるさいから寝ている間に出発しまーす。
明日の昼まで帰らないからどうぞ甘甘な時間を堪能してね♪
では〜〜。

追伸:狛子、誕生日おめでとう!』

女子高生か?
と疑いたくなる文章だが、間違いなく義父の文字だった。
会話をする分には普通の人なのだけど、文章にしようとするとこういうテンションになる。
……相変わらず、不思議な人だ。
ちなみに、普段義父は俺のことを「みっきー」などと呼ばない。昨日は義父もかなり飲んでいたからな。酒というのは、本当にやっかいなものだ。

「……お父さん、お母さん、勝手なことを……」

珍しく怒りのこもった狛子の声に苦笑しながら俺はゆっくり狛子の後ろにまわってすっぽり身体を抱き込んだ。

「親に内緒で子どもたちを連れ出すなんてどうかしてます!」
「そうだな」

相づちを打ちながら、俺は狛子の首筋に顔を埋める。
狛子の身体がぴくっと反応するのを俺は見逃さなかった。

「……御門さん?」
「なんだ?」

答えながら腰に回した両手をゆっくりと滑らせる。

「ちょ、御門さん!何してるんですか!?御門さんは腹が立たないんですか!?」
「正直に言えば感謝してる」
「は?」
「……昨日は狛子に触れなかった」

呼び方が「コマ」から「狛子」に変わったことで、俺のスイッチが切り替わったことに気づいたのだろう。狛子の身体がかっと熱くなった。

「1日中、狛子を独占できるのは1年ぶりだ」
「……そ、そうでしたっけ?」
「今日は邪魔者もいないし、階下のお義父さんたちを気にして声を抑える必要もない。
最高のクリスマスプレゼントだな」
「え……声って……」
「さて、まずはどこがいい?」
「……どこ?」

不安げな声にくすりと笑みをもらすと、俺はうなじにそっと口づけた。

「せっかくのチャンスだし気分を変えて、普段は出来ないところで、しようじゃないか」
「……!」

横目でうかがうと、狛子の首筋は真っ赤に染まっていた。

「誕生日だし、リクエストに答えてやるぞ?どこがいい?キッチン?廊下?マニアックに風呂とか?それとも、少し寒いけど庭にするか?」
「べ、べ、、ベッド!いつも通りベッドがいいです!!!」

必死な返事に俺は不敵な笑みを浮かべる。

「”いつも通り””ベッド”……ねぇ。俺は、どこで朝食を食べる?という意味で聞いたつもりだったんだが?」

狛子は身体を思いっきり固まらせると、さっき以上に真っ赤になって「い、いやぁ〜〜〜〜」と叫んで顔を覆った。その様子に、ついに耐えられなくなり俺は狛子を放して、その場に座り込んで腹を抱えて爆笑した。

「ひ、ひどい!ひどいひどいひどい!もうヤダ!わたしも富良野に行きます!永くん、久くん、待ってて!!」

顔を真っ赤にした狛子がかけ出しそうになるのを、すんでの所で捕らえた俺は、暴れる狛子を軽々と抱き上げるとそのまま真っ直ぐ寝室へ向かった。

「やだー!ばかー!御門さんなんて知らない!」
「はいはい」
「ひどいです!もう御門さんのことなんて信じない!」

その台詞を聞くのは結婚してから何度目だったかな……。
三日も経てば忘れてすぐに俺の言うことを鵜呑みにする。本当に面白いヤツだ。

起きたときのまま乱れたベッドに狛子を下ろすとゆっくりと覆い被さって唇に軽いキスを落とした。

「からかったのは悪かった。でも、お前と久しぶりに2人きりになれたのが嬉しい気持ちに嘘もからかいもない。分かるだろ?」

瞳を潤ませながらもツンと視線をそらす狛子。
これは本格的に機嫌を損ねさせてしまったようだ。
俺は両手で優しく両頬を包むとしっかりと視線を合わせた。

「いい子にしてたらいいものをやるから機嫌を直せ、狛子」
「……いいもの?」

物言いたげに視線を絡ませる狛子に、俺は自然と頬がゆるむ。

「いいものって何?」
「それはあとでのお楽しみ。まずは……いいだろ?」

俺の言葉に、うっすら頬を赤らめながら「やれやれ」と言った様子で笑みを返す狛子。
それを返事と受け取った俺はゆっくり顔を近寄らせた。

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あたかもサンタのように、寝起きの枕元に置こうと用意していたプレゼントは、それから数時間後、疲れて寝入ってしまった狛子の寝顔に横にそっと置いておいた。
目覚めたときの反応が楽しみだ。