ハロウィン前夜
「コマ……お前、何しているんだ?」
帰宅後、真っ先に向かった寝室のベッドに横たわっていた身重の妻の珍妙な姿に、俺は当然の疑問を口にした。 「ふぇ?」 うたた寝していたのか、寝惚けた声をあげてゆっくりと身体を起こしたコマは、俺の姿を認めるとふにゃっと顔を崩して微笑んだ。 「御門さん、おかえりなさい」 「ただいま。なんだその頭に生えてるのは?」 「へ?」 まだ寝惚けているのか、ぽけっとした表情で頭を触ったコマは、普段はそこにないものの感触に一瞬きょとんとした顔をした。 「ずいぶんデカい猫だなあ」 「ひゃあ!」 俺の指摘でようやく自分がどんな姿をしているのか思い出したらしく、頭につけていたそれーー猫耳カチューシャを慌てて取ろうした。ひそかに距離を詰めていた俺は、コマがはずすより速く両手でコマの手ごとカチューシャを押さえこんだ。 「はずすな。似合ってるじゃないか」 「……本当?」 「あぁ。でも、どこから持ってきたんだ?そんなもの」 「亜弓ちゃんです。今日、お昼すぎに亜弓ちゃんが遊びに来て、そのとき持ってきてくれたんです」 「……あの女、そんな趣味が?」 「違いますよ!ハロウィンです!!」 ハロウィン……。 あぁ、変な扮装をしてお菓子を強奪してまわる、西洋のお盆か。 そういえば明日は10月31日だったな。 正直俺にとっては、興味もなければ、まったく関係もない行事だから、名前を聞いてもすぐになんのことだか結びつかなかった。 「亜弓ちゃんのサークルで、明日ハロウィンパーティーをするらしいんです。それで何を着るかここで着せ替えごっこしてたんです。亜弓ちゃんはわたしにも着せようとしたんだけど、こんなお腹でしょ?」 コマはすっかり妊婦らしくなった自分の腹を両手でなでてみせた。 「だから、せめて気分だけでもって、この虎猫の耳カチューシャを貸してくれたんです。 可愛いですか?」 「あぁ」 俺の返事に、コマはにこっと幸せそうに微笑む。 「黒猫カチューシャもあったんですけど、わたしの髪なら虎猫の方があうだろうって亜弓ちゃんに言われたんです」 「そうだな」 「えへへ」 「嬉しそうだな」 「だって、楽しいんですもの!」 コマは言葉どおり楽しそうに身を乗り出す。 「わたし、ハロウィンってやったことなかったんです。御門さんはありますか?」 「……いや、ないな」 特別やりたいとも思わない。 という本音はわざわざ口にはしなかった。 そっけない俺の反応をどう思ったのか、コマは何か思いついた表情をすると、俺の手を掴んでベッドの上に引っ張りあげた。 足を投げ出してベッドに座ってやると、コマは俺の足の間に身体をすべりこませ、にやっと悪戯っ子のように笑ってみせた。 「トリック・オア・トリート!」 「……なんだ?」 「トリックオアトリートですよ!お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞって意味なんですよ」 「ほう……」 もちろん、”トリック・オア・トリート”の意味くらい知っていたが、胸を反らして得意げにしているコマがあまりに無邪気で可愛かったから、知らないフリをしてやった。 コマは俺の反応にますます得意げになってじわりじわりと俺ににじりよってきた。 「御門さん、トリック・オア・トリート!」 ふふん、と笑うコマを見て、俺はいいことを思いつき心の中でにやりと微笑むと困った顔を作ってみせた。 「困ったな……」 「いくら甘党の御門さんでも、今はお菓子、持ってませんよね?」 「ああ」 「どうしますか?御門さん。お菓子くれないとイタズラしちゃいますよ?」 「あぁ、仕方がない。イタズラしてもらおうか」 そう言って、今度はコマに向かってにやりと微笑んだ。 「頑張って俺をぎゃふんと言わせてみろ」 「……え?」 「どうした?イタズラするんだろ?」 「え、え?」 「俺は無抵抗だ。なんだって出来るぞ?」 軽く手を広げてみせると、コマはうらめしげな表情で俺を見た。 「い、意地悪……」 「なぜ?イタズラされるのは俺の方だぞ?ほら、どうした、早くしろ」 「うーー」 何をしようか、豊かすぎる想像力を駆使して考えているのだろう。 眉をひそめるその顔さえもたまらなく可愛らしい。 その表情を見れただけでも、もう目的の半分以上は達成できているわけで大満足だ。 ようやく考えがまとまったのか、コマは俺の腕を両手で掴むとまっすぐ視線をあわせてきた。 「御門さん、目つぶって下さい」 「こうか?」 ゆっくり目を閉じると、腕に触れていたコマの手の感触が離れ一瞬の間ののち、頭に何かが触れた。 不思議に思って目を開けると、ぽけっとした表情のコマの顔が目に入った。 「なんだ?」 「い、イタズラです」 ゆっくり右手を頭に移動させると、そこに意外なものの感触があった。 「か、かわいい……です、よ?」 引きつった笑顔の表情を見て、俺は自分が今どんな姿になったいるのか目に浮かび、思わずぶっと噴き出した。 「み、御門さん?」 「いや……意外なイタズラだった」 くつくつ笑いながら、俺はコマをそっと抱き寄せた。 腕の中で俺を見上げたコマは、俺につられたようにくすっと笑みをもらした。 「こら、何を笑ってるんだ?」 「だって……御門さん、似合わない」 「似合ってたまるか」 「御門さんの髪の毛なら、黒猫の方が似合いそう。今度亜弓ちゃんに借りてきますね」 「いらん」 「ふふふ」 「笑うな」 本当はずっとその笑顔を見ていたかったけれど、口ではつい反対のことを言ってしまう。 コマはかまわずくすくすと笑い続ける。 俺は違う表情も見てみたくなって、引き寄せていたコマの身体を両手で少し浮かせると、自分の膝の上に抱き上げた。 「攻守交代するか」 「……?」 きょとんとするコマの目をまっすぐ見つめて、俺は口の端に笑みを浮かべる。 「トリック・オア・トリート」 「……え?」 「トリック・オア・トリート。意味は分かってるよな?」 「あ、え、あ……えっと」 焦った表情をみせるコマを、俺は追い詰めるように、抱きしめていた腕にわずかに力を入れると、コマの小さなな額に自分の額をくっつけた。 「お菓子はどこにある?」 「え、えーと……キッチンに行けば」 「却下。それがまかり通るなら俺だってキッチンからお菓子を持ってきた。俺だけイタズラされたんじゃ不公平だろう」 「でも……御門さん、嫌がってなかったじゃないですか」 「心外だな。こんな辱めを受けさせておいて?」 「じゃ、じゃあ、これはもういいですから……」 困った顔で俺の頭に手を伸ばしたコマを俺はぎゅっと抱きすくめた。 コマの浮いた手は行き場を失い、俺の首に腕をまわす形になった。 「コマ。お菓子にする?それともイタズラ?」 「……い、イタズラ」 「そうか、コマはイタズラがいいのか」 「それしか選べないじゃないですか!」 「そうか、そうか。何か楽しいイタズラを考えないとな……」 「つ、疲れるのとか、痛いのとかは嫌ですよ!」 「うーん、そうだなぁ……」 やわらかい感触と2人分の重み、優しい匂いに包まれて心地よさに目を閉じた俺に、コマがぴくりと身体をこわばらせた。 「……あ、あの」 「ん?」 「……あ、あたってるんですけど」 さすがに気づいたか。 腹が目立ちだしてからはおあずけを喰らうことが多くて、大分自制が効くようになってきたと思っていたけど、見慣れぬ姿に始まって、度重なる可愛らしい言葉や仕草、密着度……反応するなという方が無理がある。 表情が見たくて上半身を少しはなしてやると、コマは顔を赤らめ困惑した様子で訴えかけるように俺を見つめたきた。 その表情が逆効果だということには、新婚生活5ヶ月をたった今も気づいていないらしい。 「あの……今日は無理ですからね!」 「……そうは言っても、もう1ヶ月もご無沙汰だからなぁ。医者はいいって言ってるんだろ?」 「……いえ」 「いいと言ったと言っていたが?」 「い、いつの間に確認したんですか!?」 「お前がちっともやらせてくれないから」 「だ、だって、お腹こんなに大きいし……やっぱりちょっと恐い」 「腹が出る前の妊娠初期より、安定期に入ってからの方がむしろ安心なんだが」 「そ、そうなんですか?」 「そうなんですよ」 ますます困った顔で視線を彷徨わせるコマに、俺はふっと軽く噴き出した。 たまっているのは確かだけど、コマの意志に反してまでやりたいわけではない。 ただ、こうやって真剣に悩む姿が面白くって、たまらなく愛しい。 「なんで笑うんですか?」 コマはちょっとムッとした顔で口をとがらせる。 「いや、お前が恐いなら他の方法でもいい」 「へ?」 「俺の”これ”を鎮める方法は、何も挿れるだけではないないからな」 「え?」 「手とか口とか、いろいろ方法はあるからな」 「え、手?口?」 俺はにやっと微笑むと耳元に口を寄せて、その”方法”を詳しく囁いてやった。 コマの耳はみるみる真っ赤に染まっていき、「どうだ?」と問いかけると涙目になって首をふった。 「無理!」 「そうか?妊娠中はこの方法をとる夫婦は珍しくないらしいぞ」 「そ、そうなんですか?」 よその夫婦がどうしているかなど興味もないから、統計的にどうなのかなど知るよしもないが、「らしい」と語尾につけておいたから嘘にはならないだろう。 目を潤ませてふるふると首を振るコマが、追い詰められた小動物のように見えて俺はまた噴き出しそうになった。 少し苛めすぎたようだ。 俺は涙の浮かんだ目尻に唇をよせるとそこに軽くキスをした。 そして頭をそっとなでると唇を重ねた。 「……イタズラ終了」 唇を離しながらそう告げると、コマは大きな目をますます大きく見開くとキっと俺に睨み上げた。 「か、からかったんですか!ひどい!」 「イタズラすると宣言していたのに引っかかるお前が悪い」 「イタズラのたちが悪いです!」 へそを曲げてしまったコマをなだめるように、俺はもう一度軽いキスをするとコマを膝の上から下ろした。 「……シャワーを浴びてくる」 「え?なんで急に?」 「いろいろ冷まさないとな……」 俺の苦笑に、コマは一瞬はっとした顔をすると申し訳なさそうな顔した。 俺はコマの腹にそっと手を乗せると優しくなであげた。 「……早く、元気に出てこいよ。あんまり待たされると気が狂いそうだ」 目を細めてしばらくなでていると、コマが俺の手に自分の手を重ねてきた。 「……御門さん、もしかして、本当に無理してる?」 目を合わせると、コマは不安そうな顔をしていた。 「……大丈夫だ。今は子供が一番大事だからな」 「でも……御門さんがどうしてもって言うなら……」 「コマ」 俺はもう片方の手をコマの手に重ねた。 「義務感でなら無理するな。本音を言わせてもらえばかなり我慢しているが、お前の気持ちを無視するつもりはない。お前が気持ちよくなれないならする意味はない」 感情を表に出すのが苦手な俺の気持ちは、上手くコマには伝わっていないことが多いけれど、この台詞の真意はしっかり伝わったらしい。 コマは頬を赤らめると、恥ずかしそうに、でも嬉しさを隠せない様子でやわらかく微笑んだ。 あぁ……ダメだ。 たった今言った言葉を裏切って、このまま押し倒してしまいたい。 さっきよりと熱さが増した下半身に心の中で苦笑いすると、俺はコマから離れようとした。 「待って」 コマは身を乗り出して俺の腕を掴んだ。 その目は熱を帯びて、潤んでいた。 「……ちょっとだけなら、いいですよ」 ……おい。やめてくれ。ギリギリのところで繋がっている理性が今にも壊れそうだ。 「コマ……義務感なら」 「違います!」 珍しくはっきりした声で否定した。 「……なんとなく、今日なら、気持ちよくなれそうな気がするから」 そう言って、両手でお腹に触れるとそこに視線を落とした。 「この子も……”いいよ”って言ってるような気がするから」 そして、穏やかな表情でお腹をなでると、そっと俺を見上げてちょこんと首をかしげてみせた。 「ダメ?」 ダメな訳がない。 俺の理性は音をたてて崩れ落ちると、そのまま抱きすくめて深く唇を重ねた。 ちょこっとR-15です。 って、最後に注意書きしても意味ないですが。 念のため言わせ貰いますが、陛下の性癖はいたってノーマルです。変態プレイとか興味ないのでご安心ください。 |