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 【3章 ジュリエットの気持ち】


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 わたしは家に帰ると制服のままベッドに身を投げた。
 プリーツスカートに変なしわができるから、いつもは絶対こんなことをしないのだけど、なんとなく、何かに飛び込みたい気分だったのだ。

 頭がごちゃごちゃする。
 金村さんに言われたことで、ただでさえ、混乱していたのに、神くんまで訳の分からないことを言うものだから、もうパンク状態だ。

 とりあえず、今はジュリエットだ。原田のことは後でもいい……。

 わたしはベッドの下に投げ出していた鞄をたぐりよせた。
 そして、半分身体を横たえたまま、鞄の中を探って台本を取り出した。

 なんでジュリエットはロミオが嫌いだったのか。

 わたしは寝ころびながら台本をめくった。
 舞踏会で出会ったときジュリエットはロミオに笑いかけている。
 この時はまだ嫌いじゃなかったんだ。
 そしてバルコニーでいきなり悪口大会。確かに、唐突と言えば唐突だ。

 なんで突然ジュリエットはこんなロミオを嫌いになったのか?

 そう言えば、昔、同じことで悩んだことがあった。
 原田はどうしてわたしが嫌いなの?
 分からなくて悩んだ……。なんで?どうして?

『見るなよ』『原田くんは、田中さんが思ってるほど』『嫌いだから嫌い』『あいつさ、自分じゃ気付いてないみたいだけど』『もう二度と学校』『今でもわたしのこと』

 ダメ!

 頭の中をいろんな声が駆けめぐる。
 考えなくちゃいけないことが多すぎる。一度に全部なんて考えられない!
 わたしは台本をベッドの下へ放り投げた。

『ジュリエットの気持ちを考える参考になるかと思って……』
『田中さんはなんで原田くんのことが嫌いなの?何か嫌いでないといけない理由でもあるの?』

 嫌いでないといけない理由――。
 結局はここへたどり着くんだ。
 考えたくなくて、目をつぶってきた。
 自分を守るために、必死で心にふたをしたわたしの本当の気持ち。
 誰にも、そう、あの日金村さんにさえ明かすことができなかった、わたしの本心。

 思えば、わたしはずっと、いろんなことから逃げてきた。
 くじ引きでジュリエットに決まった日、嫌々ながらもなんとか頑張ろうとした。
 でも、結局上手くやれなくて、金村さんに泣きついて逃げ道をつくってもらった。

 一週間前も、今のわたしたちの関係を変えたくて勇気を出して原田に話しかけてみたけど、無視されてこれ以上考えることを放棄した。
 それなのに、一人でいらいらして自分勝手にふるまって美砂を傷つけ皆子にも迷惑をかけた。

 わたしは、現状を変えたいと願いながら、いつも肝心なところで逃げていた。
 そのくせ、全部、他人が、原田が悪いんだと、罪をなすりつけていた。

 でも、本当は違う。
 見たくないから、根元にあるものに目をつぶってきたのはわたし。
 本当に今を変えたいのなら、ふたを開けなければいけない。
 開けて、直視しなければいけない。
 それに向き合えば、ジュリエットのことも分かるだろうか……。
 わたしは目をつぶった。
 頭に浮かぶのは、あの頃の自分。
 忘れようとしていた感情……。
 わたしにとって、一番つらい思い出。
 小学校の時、正確には原田に「見るな」と言われたあの瞬間まで、わたしは原田陽介のことが嫌いではなかった。

 いや。わたしは、原田陽介のことが


 好きだった。