【3章 ジュリエットの気持ち】
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6日前、金村さんからラストシーンについての提案があった。
ジュリエットがロミオに思いの丈をぶちまけるシーン。
ロミオもジュリエットに、自分の気持ちをすべてさらけ出す、言葉通りの「クライマックス」。
金村さんは、ここのシーンの練習は舞台練習までしないと言った。
実はこのシーン、ずいぶん前から一向に練習にとりかかる気配がなくて気にしていた。
ロミオとジュリエットが初めて真っ正面から向き合う、つまりわたしと原田が唯一接触する場面だ。だから出来ることならなるべく先延ばしにしたかったし、金村さんもその辺はよく心得ていて、他の人には上手く言い訳をして夏休み中には一度も練習することはなかった。
それでも、いくらなんでも本番3日前まで練習しないと言うのは無謀すぎる。
なんと言っても劇はラストが肝心だ。
一応『ロミオとジュリエット』を下敷きにしているとは言え、8割方創作に近いこの劇が、成功するか失敗するかは、このクライマックスにかかっている。
わたしのわがままで劇全体を台無しにする訳にはいかない。
劇をはじめたばかりの頃は、原田の隣に立つだけで震えそうになっていたけど、今では大分免疫がついてきた。今なら2人だけのシーンだって乗り切れそうな気がした。
だから、金村さんには「気を遣わなくてもいい」と言ったのだけど、彼女は「違うの」と言って、首を横に振った。
「これが最善だと思うから、こう決めたの。妥協してる訳ではないよ」
「でも……」
金村さんはわたしの言葉をさえぎった。
「田中さんは『怖さ』に馴れることが出来ないタイプなんだと思う。むしろその逆。繰り返せば繰り返すほど恐怖心が増して、悪い方へ悪い方へ考えてしまう――そうじゃない?」
たしかに、言われてみればそうかもしれない。
「嫌なことはスパッと短期間で終わらせちゃおう。何度も繰り返したところで、成果が出るどころか、泥沼にはまるのが関の山だよ。前の台本の時がそうだったしょ」
……まったく返す言葉がない。
「嫌なことが我慢出来るのは『3回』が限度。最小限にとどめるべきだよ」
「でも……練習なしでタイミングをあわせるのは難しいよ。つまったり、台詞がかぶったりするかもしれないし……。たった2回の練習じゃ……」
「大丈夫、大丈夫。田中さんたちなら。」
何を根拠に。
他の人が言ったのなら、確実にそう罵倒していた。
不安げなわたしに、金村さんは楽天的に笑って見せた。
「ほらほら、『火事場の馬鹿力』って言葉があるでしょ。人間いざとなったらどうにかなるものだよ。とにかく、ラストシーンは本番3日前の舞台練習まで二人であわせるのはなし!それまでに各自台詞は完璧に覚えること。それと、この時のジュリエットの気持ちを自分なりに考えておくこと。てことで、よろしくね」
本当に、そんなに上手くいくのだろうか。
これまで金村さんの指示に従ってきて、間違えたことは一度もなかったけど、それでも今回ばかりは不安な気持ちが募るばかりだった。
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