正月小話
「王子様の願掛け」

1月も第二週、世間ではそろそろお正月気分も抜けはじめ、年賀状も普通配達に切り替わる今日この頃。俺は今地元神社へ初詣すべく寒空の中、首を縮めて歩いていたりする。

なんでまたこんな時期はずれに初詣なのかというと、仕方がなかった、その一言につきる。
元旦から三が日にかけての正規の初詣期間は敵も暇らしく、まったく隙を与えぬ完璧なる防御網。
今日この時間を逃すともう機会はない、とばかりに約束をとりつけた。(「敵」ってなんだとか野暮なことは聞かないで頂きたい。もう「敵」としか表現しようがないのだ、俺にとっては)

ちなみに、俺の後方20mほどを等間隔で追いかけてくるストーカーにしては可愛らしくないヤツの存在には家を出た瞬間から気づいていたけど、今日に限っては無視することにした。
どこで情報を手に入れたのかはしらないけれど、あいつにかまっている時間はないのだ。

今日の待ち合わせの相手――俺の彼女、永遠子ちゃんは、何度言っても必ず待ち合わせ時間の15分前に現れる。それならばと思って、一度20分前に行って驚かせてみせたら、次の待ち合わせの時には30分前に着いていた。
以来、俺は待ち合わせ10分前に着くように調整して出かけるようにしているのだ。

あのバカに永遠子ちゃんとのデートをのぞかれたくはないけど、今あいつにかまっていると間違いなく10分はロスをする。
そうすると永遠子ちゃんをこの寒空の中15分も待たせることになる。
それなら多少うっとうしいことは我慢して無視することに決めたのだ。(実際、見てるだけで近寄っては来ないし)


待ち合わせ時刻10分前。
待ち合わせ場所の神社の鳥居の前に、小柄な女の子が直立不動で立っている。
俺は自然と顔がだらしなくにやけてしまう。

俺がさっと手を挙げて合図をすると気づいた永遠子ちゃんは深々とおじぎをする。
黒のコートにカーキ色のカラータイツ、編み上げブーツというスタイルは「蝋人形」と呼ばれる永遠子ちゃんにはよく似合っている。
本当は着物姿も見てみたかったのだけど、着物を持っていないというのだから仕方がない。
それに今日の永遠子ちゃんはいつものポニーテイルではなく、耳の下で2つの三つ編み姿でちょっと新鮮。頭に被る白の耳当て付きニット帽についている2つの三つ編みが前後に揺れてとんでもなく可愛らしい。

「おはよう。永遠子ちゃん。明けましておめでとう」
「おめでとうございます。六原さん」
「帽子、似合ってるね。可愛い」

そう言って白い三つ編みを片方もちあげ引っ張ってみせると、永遠子ちゃんは恥ずかしそうにうつむいてしまう。
本当にこの子はいちいち反応が可愛すぎる。
俺はにやける顔をおさえようともせずに、永遠子ちゃんの手をとると「行こう」と声をかけ歩き出した。

俺たちはゆっくりと境内を歩いた。
7日すぎということで初詣ピークはとっくにすぎて人はまばらだけど、俺たちと同じように事情があるのか、それとも人混みが嫌いなのか、何人かの参拝客がちらほらと見えた。
賽銭箱の前に着くと、永遠子ちゃんが何か言いたげに上目遣いに俺を見上げてきた。
俺はこの角度から見る永遠子ちゃんが一番好きだったりする。
もちろん、永遠子ちゃんは下から見ても前から見ても横から見ても後ろから見ても、とんでもなく可愛いことには違いはないのだけど。

「あの、手……」
「ん?」

ああ、そう言えば手をつないだままだった。
永遠子ちゃんは手袋をしていたから、すべすべの掌の感触は味わえなかったけど、女の子らしい小さな手は握っているだけで心地良い気持ちになれるのだ。

「お財布を出したいのですが……」

顔は無表情だけど、声は途方に暮れたように困惑ぎみ。
あぁ、ダメだ、可愛すぎる。

俺は名残惜しい気持ちでしぶしぶ手を放した。一方永遠子ちゃんはというと、少しも残念がる様子も見せずにもうかばんを開いて財布を取り出している。

こういうとき、ちょっとだけ温度差を感じるんだよな……
俺の方が永遠子ちゃんより好き度が大きいんだろうなって。

まあ、いいや。
俺もポケットから小銭入れを取り出すと10円玉を一枚抜き出した。
そして、2人で同時に賽銭箱に投げ入れると目をつぶってお願いをした。

今年も永遠子ちゃんとずっと仲良くいられますように。
それから、できたらキス以上にすすませて下さい。
てか、永遠子ちゃんの家族をどうにかして下さい。
これっぽっちも手が出せなくて困ってます。


たった10円で厚かましいお願いを目一杯すると、満足げに横に目をやった。
すると永遠子ちゃんがじっと俺を見上げていた。

「お願いした?」
「はい」
「何をお願いしたの?」
「今年も一年間、家族……と六原さんが健康で元気にすごせますように、とお願いしました」
「……それだけ?」
「はい」

えーと。拍子抜けというか何というか。
俺の健康を祈ってくれたことに喜べばいいのか、家族と一緒くたかよ、と落ち込めばいいのか。

「俺と今年も一緒にいられますように〜とかはお願いしなかったの?」
「はい」
「……そんなはっきり言わなくても」
「だって……」
永遠子ちゃんは口ごもると少しだけ視線を横に流した。

「それは神様にお願いするようなことじゃありませんから。
六原さんがわたしと一緒にいてくれるかどうかは、神様じゃなくて、六原さんが決めることです。
六原さんは……わたしと一緒にいてくれますよね?」

そう言って、そっと窺うように俺を見上げる永遠子ちゃん!

ちょっと神様!この子の可愛さどうにかして下さい!!

俺は思わず抱きしめそうになったけれど、それよりもいいことを思いついて、慌てて財布を取り出すと小銭を二枚つかんで一枚を賽銭箱に放り投げた。

神様。さっきのお願いは訂正します。
永遠子ちゃんが今年も元気で可愛くすごせるように宜しくお願いします!
(あ、でも家族をどうにかして欲しいのだけは訂正しません。マジでお願いします)


俺は永遠子ちゃんに向き直ると小さな手をとって、そこにもう1枚の小銭を落として握らせた。
そして手を合わせると永遠子ちゃんに向かって神妙におがんでみせた。
永遠子ちゃんはきょとんとした顔で掌と俺の顔を交互に見ている。

「俺、さっきは永遠子ちゃんと一緒にいられますようにってお願いしたんだけど訂正した。
確かに神様にお願いするようなことじゃないもんね。神様には永遠子ちゃんの健康を祈っておいたよ」
「あ、ありがとうございます。でも……これは?」

そう言って、永遠子ちゃんは手のひらに乗せられた小銭を持ち上げた。
俺は「ふふ」と微笑むと少しだけ身をかがめてささやいた。

「お賽銭。
神様じゃなくて永遠子ちゃんにお願いすることにしたから。
今年も………いや、これからもずっと俺と一緒にいてね?」

永遠子ちゃんは一瞬ぼうっと俺の顔を見つめていたけど、俺が「永遠子ちゃん?」と首を傾げて呼びかけると、慌ててこくんとうなずいた。

「あ、あの、それじゃ、わたしもお賽銭……六原さんに……」

永遠子ちゃんはそう言うと慌てて財布を開いて小銭入れを覗き込んだ。
そして、「あっ」と悲しげな声を上げた。

「どうしたの?」
「……さっき、投げたので全部でした。あの……今日、あとは1万円札しか持ってないんです」

俺は、札入れから万札を取り出そうとしている永遠子ちゃんの手をそっとつかんだ。
そして、にっこりと微笑むと優しく小さな体を抱き寄せた。
驚いて(多分)見上げてくる永遠子ちゃんの頬が赤いのは寒さのせいか羞恥心のせいか。
心持ち目も潤んでいるような気がする。
俺と付き合うようになってから、永遠子ちゃんは涙もろくなったんじゃないかと思う。
気のせいじゃなくて、本当だったらちょっと嬉しい。

俺は永遠子ちゃんのあごをそっと持ち上げて、ゆっくり顔を近づけた。
そして、唇が触れるぎりぎりのところで停止すると低い声でささやいた。

「1万円じゃ足りない」
「え……どうしましょう。今日はそれしか持ち合わせが……」
「もっと高いものでもらう」

そうして俺は、やわらかくて暖かい、とろけるように甘くて切ない、極上のお賽銭を永遠子ちゃんから頂いた。



そう言えば、永遠子ちゃんのもはや殺人レベルまで達している可愛さに当てられて、今日はストーカーの張り込みが後方20mにくっついていたことをすっかり失念していたけど……

うん、気にしないことにした。






気にしろよ!
というツッコミはさておき(笑)

基本的に稔は永遠子馬鹿です。
多分、プロフィールは
趣味:永遠子
特技:永遠子
タイプ:永遠子
好物:永遠子
って感じだと思います。(笑)
なんだよ、特技:永遠子って!

ついでに稔はあんまり人の目とか気にしない人間です。永遠子は人並みに気にする人間です。
こんな2人がうまくいってるのは、稔が永遠子に甘いのと永遠子が流されやすいからでしょうね、きっと。


















おまけ:
「永遠子の一言日記」

1月×日 快晴 「◎×神社 初詣」
六原さんには一生敵わない気がします。




永遠子視点は無理でした。

拍手3回目で出るようにしていたのですが、見た人は何人くらいいましたかね〜。