17.5:『にこ祭』へ行こう(2)
「素敵な人でしたね」 姉さんとの待ち合わせ場所に向かうべく階段を上っていると、永遠子ちゃんがぽつんと呟いた。 ――素敵な人 その言葉につきんと胸が痛んだ。 たしかに原田先輩は格好いい。永遠子ちゃんが事前に名前を知っていたことだけでも、その顔がいかに整っているかを物語っている。 俺とタイプは違うけど、「ストイックで硬派なところが素敵!」と女子からは絶大な人気を得てもいた。 別に以前が自信過剰だったとは思わないけど、永遠子ちゃんと出会ってからはどんどん自分に自信がなくなっていく気がする。 「永遠子ちゃんは、硬派な人の方がいい?」 聞いても詮無いことは分かっているのに、ついつい聞いてしまう。 恰好悪いな、俺……。 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、永遠子ちゃんは繋いだ手をきゅっと握りかえしてきた。 「どちらかと言えば、明るい人の方が好きですよ」 「でも、原田先輩はどちらかと言えば無口だよ?」 「あ……違います」 階段を上りきったところで、永遠子ちゃんが立ち止まった。 「わたしが素敵だと言ったのは、那須先輩のことです」 「え!?那須先輩?」 「はい。原田先輩も素敵ですけど、わたし自身、口下手で消極的な人間なので、無口でクールな人より、明るく楽しく人なつっこい人の方が好感が持てます。そういう意味で、那須先輩は素敵な人だと思います」 なんだ。心配して損した。 ほっとしてあっという間に上機嫌になる。 我ながら現金だな。 さて、姉さんのクラスは入り口で渡された案内図によると3階の右端らしい。 永遠子ちゃんをエスコートしながら廊下を歩いていると、道行く人がみんな振り返ってくる。 女に振り返られることはしょっちゅうだけど、男も全員振り返ってくるのが少し気になる。 俺のリクエストでスカートをはいてきてくれた永遠子ちゃんの私服姿はいつも以上に可愛らしい。 永遠子ちゃんは他人の視線にはまったく無頓着なようで、確かにお兄さんたちが1人で外に出したがらないのがよく分かる。今日は俺がしっかりガードしなくては。 * 「そこの可愛いカップルさん」 不意に呼び止められて立ち止まると、目の前に長身ゴージャスなとんでもない美女がいた。 水色のオーバースカートに金髪のアリスファッション。しかも金髪はかつらではなくて自前。 この衣装がこれほど似合う日本人は滅多にいないんじゃないだろうか。 面食いじゃない俺でも思わず息をのむほどの美貌だった。 「彼女、お人形みたいで可愛いね。白雪姫とか似合いそう。あぁ、でもこの綺麗な黒髪はかぐや姫の方が似合うかな」 その人は妙に色気のある仕草で永遠子ちゃんの髪の毛を触ると、妖艶に微笑んだ。 その笑顔に、ぞくっとすると同時に、意味もなく不安をかき立てられた。 「六原さん?」 無意識に永遠子ちゃんを引き寄せていた。 そんな俺の様子に、アリスさんはふわっと微笑ましそうに笑うと、1枚のチラシを差し出した。 「うちのクラスで貸衣装屋やってるんですよ。よかったら2人一緒にどう?」 「え?」 「アリスや白雪姫みたいなおとぎ話衣装はもちろん、ナースやメイドも揃ってますよ?彼女の可愛い格好、見てみたくない?」 と、永遠子ちゃんのナース姿にメイド姿!! 「今ならオプションでネコ耳カチューシャまでついてくる!」 ネコ耳!! 不覚にも顔がにやついてしまった。 すぐにマズイと思い直して、永遠子ちゃんの方をうかがうと、案の定無表情で……いや、いつもよりは幾分熱いまなざしでアリスさんのことを見つめていた。 ……うん、俺も思わず見とれるほどの美人だもんな。 美しいもの好きの永遠子ちゃんが見惚れないわけないよな。 ……でも、ちょっとくらい俺と美女が話してるという状況に嫉妬くらいしてくれてもいいと思うんだけど。 「あ、もちろん、彼氏の分の衣装もそろってるよ。執事に王子に白衣」 その言葉に、永遠子ちゃんの肩がほんのわずかに動いた。 アリスさんはにこにこしながら少し身をかがめて、永遠子ちゃんに視線をあわせて語りかける。 「ねぇ、見てみたくない?」 永遠子ちゃんはゆっくりと首をかたむけると、俺の顔を見上げる。 あぁ……可愛い。 いや、そんなこと考えている場合ではない。 永遠子ちゃんのナース姿やメイド姿はすっごく魅力的だけど、姉さんとの待ち合わせ時間がもうすぐそこに迫っている。遅れたりしたら何と言われることか。 「すみません、俺たち人と待ち合わせしてて。気が向いたら後で寄ります」 「あ、ホント?そっかぁ、残念。じゃぁ、後で是非寄ってよ、ね?」 アリスさんはまたも親しげな笑顔を永遠子ちゃんに向ける。 どうでもいいけど、この人さっきからやけに永遠子ちゃんに近寄りすぎじゃないか? 「こ・ら!」 俺がムっとした表情で永遠子ちゃんの肩を抱き寄せた瞬間、アリスさんの後ろから小柄な女の子がアリスさんの肩をこつんと拳で叩いた。 「客寄せしてきてとは言ったけど、ナンパしてきてと頼んだ覚えはないんだけど?」 浴衣姿のその子は怒った顔で小さな身体を精一杯背伸びしている。 「あぁ、ごめん、田中さん。もちろん、世界で一番可愛いのは田中さんだよ?」 「………違う!今はそんなこと関係ないでしょ!?なんでそうやって火に油をそそぐの分かっててからかうの!?」 「えへ。嫉妬する田中さん、可愛い」 「してない!てか、会話をしてよ!お願いだから!」 超絶美人と和風顔な平凡な女の子の……痴話げんか? 一体どういう関係なんだ? 「あの……それじゃ、俺たちは行くんで」 最早、俺らのことなんて眼中にない2人を背に、俺は永遠子ちゃんの肩を抱くと足早にその場を立ち去った。 「あっれ〜、神ちゃん、今日はアリス?かっわいいー!」 「まぁた、むっちゃんのこと怒らせてるわけ?いい加減にしろよな〜」 「いくら好きでもからかいすぎると本気で嫌われるぞ」 ちらっと振り返ると、アリスさんを囲んで3,4人の男たちが騒いでいる。 アリスさんの名前は「ジン」というらしい。 「すっごく綺麗な人でしたね……」 永遠子ちゃんが惚けたような声でつぶやいた。 「え?あぁ……そうだね」 永遠子ちゃんの方が可愛いと思うけど。 「あんなに綺麗な男の人、生まれて初めて見ました」 うん、うん、俺もあんなに綺麗な男は………… 「って、男!!?」 「え、はい。男の人、でしたよ、さっきの人」 「えっ、や、でも……嘘だろ?あれが?」 「わたしも初めは分からなかったのですが、近くで見たら喉仏がありました」 マジかよ……。あれが本当に男? さっきのアリスさんの姿を思い浮かべて俺は愕然とする。 明るく楽しく人なつっこい人柄。その上、とんでもない美貌の持ち主――。 じゃぁ、あの時俺が無意識に感じた不安感ってヤツは……。 急に立ち止まった俺に、永遠子ちゃんが不思議そうに(多分)見上げてくる。 「永遠子ちゃん」 「はい」 「もし、さっきのアリスさんが永遠子ちゃんに告ってきたら、少しは揺れる?」 「はい?」 バカなこと聞いてるなぁ、と自分でも思う。 それでもやっぱり、永遠子ちゃんの異常なまでの面食いを知ってるだけにどうしても不安になる。 真っ直ぐ見つめてくる永遠子ちゃんの目はどこまでも純粋で、ますます居たたまれなくなってくる。 「わたしは、何か六原さんを不安にさせるようなことを言いましたか?」 気遣わしげな永遠子ちゃんの声に情けなさが押し寄せてきた。 「あ、や、ごめん。気にしないで。行こう」 うながす俺を、永遠子ちゃんはやんわりと引き留める。 「言って下さい」 うぅ……この目に弱いんだよなぁ。 俺は、はぁ、と溜息をつくと、小さく苦笑した。 「さっき、『明るく楽しく人なつっこい人が好き』って永遠子ちゃんが言ってたから。さっきの人、その条件にぴったりだろ?おまけにとんでもない美形だし」 永遠子ちゃんは一瞬目を丸くすると、ぶんぶんと大きく首を振った。 「それは誤解です!」 「誤解?」 「はい。だって、その『明るく楽しく人なつっこい人』というのは六原さんのことですよ」 え……? 「わたし、昔は好みとかなかったんですよ、まったく」 好みがなかった? 「美しければなんでもよかったんです。それがクールな美しさでも、明るい美しさでも、美しいことには違いはないと思っていました」 俺はただ黙って永遠子ちゃんのまっすぐな眼差しを受け止めた。 「でも、六原さんに出会って、六原さんのことが好きになって、わたしの中で美しいに優先順位ができてしまったんです。その、一番上位にいるのが六原さんです。 さっきの方も、明るく楽しそうな美しい人でしたけど、六原さんと比べたら減点法でしか見ることはできないです。 ……わたしはこれでも、六原さんのことがとても好きなのですよ?」 ――六原さんにはいまいち伝わってないみたいですけど。 その少しすねた口調があまりにも可愛らしくて、いとしくて。 俺は人目も憚らずに、思いっきり永遠子ちゃんを抱きしめた。 |